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特定非営利活動法人日本混合バレーボール連盟

地域と共創。関係構築から始めるイベントづくり。── 混合バレーボール連盟が考える世界の選手に体験させたい「おもてなし」とは

地域と共創。関係構築から始めるイベントづくり。── 混合バレーボール連盟が考える世界の選手に体験させたい「おもてなし」とは

野球は9人、サッカーは11人と、世界的人気スポーツは、奇数でチームを組むものが多いもの。

しかし、同じ人気スポーツの中でも「偶数であること」が非常に意味を成すのが男女混合スポーツです。

今回取り上げるスポーツの特徴は、男女3人ずつが同じコートに立ち、協力しながら競技する混合バレーボールです。そのスタイルを確立したのが日本混合バレーボール連盟(以下、JMVA)会長・大江芳弘さんです。

2020年3月5日、大江さんは日本初となる混合バレーボール3&3の世界大会を千葉県館山市で開催しました。参加者は世界各国から集まり、7つの国と地域から13チームでの開催となりました。

しかし、JMVAと館山市は元々の接点は無く、ゼロからのスタートだったと言います。混合バレーボールという新しいスタイルを広めるその思いは、どこから生まれ、世界大会の開催へと向かっていったのでしょうか。

混合バレーボールのパイオニアであり、本大会の発起人であるJMVA会長・大江芳弘さんにW杯開催までの経緯を伺いました。

自身の体験から作り上げた、新しいバレーボールのカタチ。

3&3のルールは、JMVAが制定したものです。もともと6人制のバレーボール大会を開催していた大江さんは、全国で大会を重ねる中、混合バレーボールに可能性を感じて日本混合バレーボール協会を独立・分科。その後改名し、現在のJMVAに至ります。

混合バレーの楽しさに気づくまでの経緯を、大江さんは振り返ります。

大江さん:高校生の時、仲間たちとバレーボールのチームをつくりました。男女一緒にバレーをするのはとても楽しかったんですが、ネットの高さや力の差があるので、どうしても時間を分けて練習をせざるを得ない。一緒に練習するものの目指す目標が異なってしまい、そのチームは空中分解してしまいました。

バレーボールはポジションによって役割が変わってきますし、性格の適正もあります。更に男女の要素が加わると、個人の能力だけでは勝つことのできない、とても奥の深い競技です。

当時混合バレーボールの大会があったら、目標をもって取り組めたのではないかと思います。それが混合バレーボールの大会をやりたいと思ったきっかけですね。

6人制バレーボールとの大きな違いは、ネットの高さ、男女交互ローテーション、バックアタックとジャンプサーブの禁止という3点。混合バレーボールのルールは、自身の原体験や選手からの意見をもとに、男女3人ずつが体力や能力差なしに安全に楽しくプレーができるよう試行錯誤の末に確立しました。

「混合バレーボール3&3」というバレーボールのスタイルは、バレーボール人口増加への貢献はもちろん、男女共同参画社会の形成促進への寄与など、今後のスポーツのあり方にも一石を投じる可能性を秘めています。大江さんはその想いから、競技用具の開発までにも着手したと言います。

大江さん:男女混合の競技なのに使用する競技用具が男女別の競技と一緒だったらおかしいのではないかと。力の差があるので、それを踏まえた上で競技用具も見直す必要があると思い、競技用ボールの大手ブランド「ミカサ」と共に、混合バレーボール専用ボールを3年間かけて開発しました。

ロシア世界大会が転機となる

JMVAは設立当初から、世界大会の開催とオリンピック種目化を目標として精力的な活動を続けてきました。東京オリンピックが行われる2020年に世界大会を実現させることはずっと念頭にあったそうです。

世界大会が現実味を帯びてきたのは、2017年ロシアのノヴォシビルスクで開催された「Nations Cup Volleyball mixed 4+2大会」に日本代表選手を派遣したところからでした。

大江さん:アマチュアの大会にも関わらず、運営陣と地元市民の想いが詰まった素晴らしい大会でした。プロリーグの様な演出や、テレビ取材が来たり、選手入場の際には、地元の人たちからサインを求められたりと、本当に特別な体験ができました。日本でもこんな大会を開催したいと強く思いました。

日本での開催に向けて

ロシア大会に影響を受け、日本での実現に向けてまず着手したのが開催地選びでした。

大江さん:最初は都内観光も可能な都心での開催を検討しましたが、ロシア大会の様に開催地と深く繋がれて、その土地の人々にも楽しんでもらえて、世界から来る選手たちにも日本の良さを伝えられる場所にしたいと思っていた時に、館山市に出会いました。

千葉県館山市は、千房総半島南部に位置する温暖な気候に恵まれた「海のまち」。観光、スポーツ、食、などの地域の特徴を活用したスポーツイベントや大会誘致活動も盛んで、ボランティアと市民活動団体をつなぐ活動にも積極的な街です。成田空港からのアクセスも良く、世界中から集まる選手たちを受け入れるのに最適な環境でした。

大江さん:2018年の夏に館山での開催が決まってから月一回館山を訪れて探索をしました。神社仏閣、自然、イチゴ・びわ狩りなど観光資源も豊かで、世界の選手には、館山を通して日本を楽しんでもらいたいと思いました。

これまでのJMVAの活動とはゆかりの無い土地で開催を決めた大江さん。真っ先に取り組んだのは館山市を「本当の意味で知ること」だったと言います。連盟の活動だけでなく、家族旅行で訪れたり、地域のイベントやボランテイア活動にも積極的に参加しました。中でも、館山市が誇るスポーツイベント『若潮マラソン』に世界大会運営スタッフ総勢30名で挑戦したというのだからその本気度が伺えます。

大江さん:自分たちの思いが詰まったイベントをやらせてもらうわけですから、館山市に対して、しっかり地に足をつけたお付き合いをしていかなければなりません。地元の人からすれば私はよく知らない人物。館山市を知ることはもとより、地元の人たちとの交流として、ビーチバレー大会や混合バレー大会を開催して自分から積極的に活動のアピールをしました。やはりまずは地元住民からも応援してもらえるような活動にしなければ、世界の人たちが来てくれたときに、喜んでもらえるようなおもてなしをしてもらえないと思ったんです。

コロナウイルス影響下の厳戒態勢での開催

大江さんが大会開催にあたり常に念頭に置いていた事は、「開催地と一丸となって世界の選手を歓迎する」ということでした。

その思いは、競技面にとどまりません。世界大会を「地域のお祭りごと」にして地元の人との接点を増やそうと、商工会とも協力し、館山を味わえる『食フェス』(コロナウイルスの影響で中止となった)なども準備しました。

2020年1月頃から徐々に猛威を振るい始めた新型コロナウイルス。本大会もその影響により様々な苦悩が強いられました。

大江さん:大会日程が近づくほど状況が悪くなり非常に苦しかったですね。地元の方とも密に連絡をとりながら検討を続けました。行政からの後援を受けていたこともあり、政府の意向には背かない方針で、且つ世界中から来日してくれる選手の皆さんに喜んでもらうために、規模を縮小しての開催を決めました。

当時は緊急事態宣言も出ておらず、イベント開催は主催者判断で規模縮小の通達でした。世界大会を待ち望む選手たちの思いを汲み、健康チェックの徹底、無観客での開催、食フェスの中止、開会式の分散などの対策のもと、厳戒態勢での開催となりました。

大江さん:新型コロナの影響で、大学生ボランティア50名が参加できなくなってしまいました。この緊急事態に、運営スタッフと地元の有志ボランティアが結束し、さらには選手自らも協力的に動いてくれたおかげで、世界大会を無事に開催することができました。選手はみな、世界大会と館山を楽しんでくれたようで、「また館山に来るよ!」ととても喜んでくれました。中止になった食フェスの出展予定者には、急遽選手へのお弁当という形で食事を提供してもらいました。僅かですが、地元と選手との接点も残せたと思います。

大会開催から1ヶ月、体調管理や衛生面を徹底的に管理した運営によって、運営関係者や館山市、選手からも感染者は出ていません。

第2回開催に向けて

当初の計画とは大きく変更とはなってしまったものの、無事成功を収めた世界大会。次回開催は、状況をみての判断とはなりますが、2022年11月に、同じく館山での開催を予定しています。

大江さん:9月に発生した台風15号と19号で館山市は大きな被害を受けました。開催地館山の人に少しでも明るい話題を提供できたらと、準備を進めてきましたが、今回無観客試合になってしまいとても残念に思います。なので、第2回大会も当然館山市でやらなければいけないなと思っています。

ゼロから築き上げた開催地との関係性

大江さんの言葉からは、混合バレーボールやその世界大会開催に対する強い思いはもちろん、それに負けないくらい開催地へのリスペクトが窺えます。この世界大会を開催するためにゼロから築き上げてきた関係性ですが、自治体の反応はどうだったのでしょうか。

大江さん:正直なところ、開催地決定の段階では地元の人は遠巻きに見ているような感じだったと思います。それも当然で、イメージできないものにいきなり「協力しましょう」とはなりません。現地に足繁く通い、いろんな方々に直接思いを伝えて回りました。すると、しだいに地元の人も世界大会開催に向け、同じ方向を向いて協力してくれるようになりました。まさに足で築いた関係値ですね。

地域外からイベントを持ち込む主催者は、自分は何者で、なぜこの地を選んだのか、そしてその地に何を求めているのかを地域に浸透させていく必要があります。この浸透させていくスピードも、その地域毎の配慮が必要です。

「企画をもってきたから協力してくれ」という一方的なスタンスではなく、“世界の選手をもてなすために、この地域の力を貸してほしい”といった、主催者と開催地との共創があったからこそ、大会の成功につながったのではないでしょうか。

Writerfull-sato.com編集部
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