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ヒト

魅力ある信濃町への移住を空き家リノベーションで支援するNPO法人「ざいごう」(2)

前編では、建築業の経験を活かして移住支援のNPO代表を務める古澤良春(ふるさわよしはる)さんに、NPO設立のきっかけや、野尻湖の魅力、移住にあたって心掛けておくべきことについてお話を伺いました。

後編では、移住にあたって利用者が抱く不安、それを取り除くための「ざいごう」のサポート、移住の課題に悩む自治体へのアドバイス、そして今後についてのお話を伺います。

仕事、冬の寒さ、雪…移住にあたって知っておくべき課題

自然やウインタースポーツを愛する人にとって、一見バラ色に見える信濃町の移住生活。しかし、もちろん良い面だけではありません。「ざいごう」では、移住による課題点も、きちんと希望者に説明しています。

「60歳を過ぎて移住するのであれば、お金が必要です。若いのであれば、きちっと仕事を得られるようになってから来てくださいと、移住希望者の方には伝えています」

夢を抱いて信濃町に移住するも、現実に押しつぶされ、1年足らずで去っていった人たちを目の当たりにしてきた、古澤さんだからこそ言える重みのある言葉です。

「田舎なら生活費が安そう、と考えている人がいますが、正直に言うと、物価は都会とほとんど変わりません。車が必須ですし、冬の光熱費は、都会の人には想像もつかないほどのお金がかかります。むしろ生活費は上がると考えておくぐらいがちょうどいいかもしれません」

移住するには仕事でお金を得ることが必須。しかし信濃町は、他の過疎の町と同様「仕事がない」という問題があります。信濃町には大きな工場や、20人、30人と雇ってくれるような企業が多くありません。ですから、ITを使いこなしてリモートワークができる人、電気技術者や農業など何らかのスキルがある人はよいのですが、「町内のどこかの企業に勤めながら、自分の食べる分は農業で作りたい」と考える人にとっては厳しい状況なのです。ただ全く方法がないわけではありません。長野市内で仕事を見つけ、片道30分かけて通勤している人たちもいます。自分次第で道は切り開けるのです。

また、冬の寒さの問題もあります。信濃町では11月から3月の間、気温がマイナス10度から20度まで下がります。積雪量も多く、1.5から2メートル積もることも珍しくありません。

「5月から10月は最高に過ごしやすいのですが、冬は地獄ですね(笑)。移住を希望する人には、この寒さも含めて信濃町を体験していただく必要があります」

寒そうだし、雪も多そうだし、自分には難しいのではないか。そう尻込みしてしまう人もいるかもしれません。しかし実際に信濃町や長野県が嫌になって出ていった人は、ほとんどいないと古澤さんは語ります。

「体験の段階で帰ってしまった人はいるけど、移住後に、寒いから無理と出て行った人はほとんどいません。住んでみると慣れるんですよね。それに雪も、冬の間ずっと降り続けるわけではありません。一度降ったら1週間ぐらいは天気が続くのですよ。それを何回か繰り返せば、過ごしやすい春がやってくる。」

対処法さえ町の人から教えてもらえば、長野の雪は怖くないのです。

「何もない」と言う人たちの町に移住者は来ない

「ざいごう」がNPO法人になって以降、古澤さんは代表として、雑誌や新聞などさまざまなメディアで取り上げられるように。コロナ禍になる前は年に3〜4回、多い年は10回以上、移住や空き家対策に力を入れたい県内外の自治体から「移住支援のモデルケース」として講演会に呼ばれていました。

長野県移住交流会で「ざいごう」が紹介される様子

そんな古澤さんが、講演先でよく聞かれる質問があります。

「『信濃町には、アピールできるところがたくさんある。野尻湖もあるし、ウインタースポーツも盛んな観光地だ。トウモロコシやリンゴなど、おいしい特産物もある。しかしうちの町には何もない。そんな環境で、どうすれば人を集められるのか』とよく聞かれます」

そんな愚痴にも似た質問に対し、古澤さんはぴしゃりと切り返します。

「その土地に住んでいる人が、うちには何もないと自分たちで言っている。そんな町に住みたいと思う人はいると思いますか?いませんよね」

そして古澤さんは「何もない、ではなく何かを見つけて見てはどうか」とアドバイスします。

「例えば、あなたの町は、海まで車で10分あれば着く。それなら魚釣りが好きな人たちのために、空き家を1、2軒開放してあげてはどうかと提案するのです。するとたいてい『そんな考えがあったのか』と驚かれます。『何もない』なんてことは絶対ないはずなんです。良いお米を作っている、野菜がおいしい、自然が多い。うちの町はこれをアピールできるのではないかという、ひらめきが大切なのです」

まさに灯台下暗し。何もないと嘆くのではなく「何かないかな?」と探してみることで、まだ掘り起こされていなかったその町の魅力が見つかるのです。

イベントを通じ、楽しみながら関係人口を増やす

次に多いのが、「都会から若い人を集めるにはどうすれば良いか?」という質問です。その問いに、古澤さんはこう答えます。

「一番良いのはね、実際にその町に移住して、定住している若い人から、「ここは良い町だよ」と勧めてもらうことです。実際に信濃町でも『友人から良いと聞いたから、自分も移住することにした』という若い人が増えています」

「ざいごう」の「田舎好き倶楽部」では、年に数回、流しそうめんや雪だるま作り、バーベキュー、味噌作り体験など、町の四季を感じられるイベントを実施しています。

味噌作り体験は冬の恒例行事

さらにこの冬は餅つきイベントも開催予定。募集の方法は、今までと少し変わるそうです。

「今までは移住した人に対して来てくださいって通知を出していたのですが、今年は移住者の人に、好きなようにお友達を招待してもらおうと考えているんです。遠方から来る友人には、交通費の補助も検討しています。どうしても来られなかった人たちには、切り餅を配ってもいいかもしれません」

イベントや遊びを考えるのが好きだという古澤さん。なぜ移住者が集まらないのかと苦しむのではなく、楽しみながら、その延長で信濃町の関係人口を増やしていこうとしています。

「コロナが終わったら、イベントを一生懸命やりたいね。私の任期もあと1年半だから、それまでしっかりできることをやって、若い人につなげていきたいと考えています」

想いを絶やさず次世代へとつなぐために

NPOの代表として走り続けてきた古澤さんは、現在75歳。一時は「ざいごう」をたたむことも考えていたそうですが、今は後継者の目処が付いてきたと語ります。2023年10月現在「ざいごう」には10名の理事が在籍しているものの、メンバーの大半は古澤さんと同世代。そのため理事の多くは古澤さんとともに退任し、バトンは、40代から50代の若手へと引き継がれます。

「ざいごう」の目指すゴールは、空き家を掘り起こし、たくさんの人に信濃町を選んで、移住してもらうことです。現在は、移住の需要に対し、空き家の供給が足りないという状況。空き家の調査、ポスティング、空き家の持ち主である家族に手紙を書く、直接会って話をするなど、やるべきことは山積みです。もちろん、移住してきた人たちへのフォローも大切です。

Iターン移住フェア

「『ざいごう』だけでなく、行政を通して移住してきた人たちや、個人で移住してきた人を含め、皆が孤立してしまわないようにサポートするのが、私たちの役目だと思っています。せっかく信濃町を選んで来てくれた人たちに『もう信濃町を出たい』と思われたら悲しいですよね。寂しい想いをさせないために、しっかりノウハウを後進に伝えていきたいと考えています」

15年にわたり、信濃町の移住支援に取り組んできた古澤さん。古澤さんと奥様は、若い人を中心に「お父さん、お母さん」と慕われています。「いつの間にかそう呼ばれていたよ。嬉しいね」と、少し照れくさそうです。

古澤さんは若い人たちに「自分たちは古澤さんによくしてもらっているけど、何をお礼すればいいですか?」と聞かれることがあります。そんな時、古澤さんはこう返しています。

「私が亡くなったときに、お焼香に来てくれたらそれで良いよと言っています。その姿を自分の子どもたちに見てもらいたい。子どもは3人いるのですが、3人とも信濃町を出て生活しています。『うちの父は、この信濃町でこんなに若い人たちに慕われるようなことをやってきたのか』と驚かせたいですね」

【編集後記】地域活性化のために、移住者ができること

実は筆者である私自身が、古澤さんをお父さんと慕う、信濃町の移住者の1人です。私の家に遊びに来て信濃町の良さを知った友人が、すでに数人移住しました。友人の一人は、元々個人事業主だったのを、移住後に法人化し、業務拡大とともに新たな雇用を生み出しています。

これまでずっと、私はこの町にお世話になってばかりだと思っていました。しかし、友人を町に呼ぶことで、大好きなこの町に恩返しができているのではないか、そしてもっと何か自分にもできることがあるのではないかと、今回古澤さんと対話して感じました。もちろん移住は楽しいことばかりではありません。しかし、都会にいたら得られないつながり、あたたかさがここにあります。これからも信濃町の良さを発信し、自分にできることを実行していくつもりです。

観音
Writer観音
https://kannnonn.com/

1985年生まれ。大阪府出身。自然豊かな生活環境を求めて2020年に長野県信濃町に移住。ヒップホップのトラックメイカーとして活動しながら個人ブログ「mozlog」(https://kannnonn.com/)を運営。フルサイズバンで車中泊しながら遊んで学ぶのが最近の趣味。