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ヒト

地域活性化を担う、古民家再生事業の可能性とは

ヒト:空き家を再生させたオーナー
トコ:地域活性化を目指す米原市
コト:古民家再生での宿泊事業

滋賀県東北部地域に位置する米原市にある、宿泊施設『そよも』。自然豊かな山深い集落にひっそりと佇んでいます。もともとは古民家だった建物を改修し、日本家屋の趣を残して宿泊施設として生まれ変わりました。落ち着きのあるプライベート空間と昔ながらの美しい山村風景を求め、遠方からも多くの方が訪れる風情あるお宿です。

米原市に建つ宿泊施設『そよも』。周辺は緑豊かで静かな環境

ここ数十年、急速な少子高齢化や都市部への人口流出によって米原市を含めた日本全国各地で空き家問題が深刻化しています。総務省がおこなった住宅・土地統計調査によると、全国の空き家の総数はこの20年で448万戸から820万戸に増加しているとのこと。

そんななか、古民家ならではの魅力を見出し、空き家を宿泊施設『そよも』として再生させたオーナーの田邉さん、管理人の大森さん。古民家再生事業について、また宿泊事業を始めた経緯や今後の事業展開についてお話をうかがいました。

古民家再生について

田邉さんは米原市の空き家対策研究会に所属し、全国古民家再生協会の会員でもあります。全国古民家再生協会滋賀第一支部は米原市の地域再生推進法人に指定され、田邉さんらは空き家・古民家等の修復再生に関する業務の協定を行い、市に成り代わって国からの予算などに関する決定権を持っているのだそう。

空き家の増加問題が深刻化する一方、実は所有者が手放すことを躊躇してしまうケースも多いといいます。ご先祖様に申し訳ないという思いや、空き家バンク(地方自治体が、空き家の賃貸・売却を希望する所有者から提供された情報を集約し、空き家をこれから利用・活用したいと考えている方に紹介する制度)に登録はしているものの、いざ手放すという局面でどうしてもためらってしまう。手入れが行き届いていて魅力的な物件ほど所有者の方は手放すことはしません。一言で古民家再生といっても、実際にはスムーズにいかないことも多々あるようです。

さらに売買の際には購入者と所有者の面談はもちろんのこと、購入者とその地区の自治会長との面談も入る場合があるとのこと。「購入者は物件だけでなく、少子高齢化や人口減少、近隣物件の老朽化等の地域の情勢等も含め、納得して購入を検討する必要がある」と田邉さんは言います。

宿泊事業を始めた経緯

年々増えていく空き家をなんとか活用できないかと考えていた田邉さんが米原市の空き家物件を見て回っているときに、『そよも』の物件と巡り合いました。現物件は米原市の空き家バンクに登録されており、かつ所有者の方がすでに手放すことを決断された状態だったといいます。

空き家になってから3年ほど経過しており老朽化している部分も見られました。ですが田邉さんは建物自体の素晴らしさと、『そよも』が建つこの甲津原の自然や地域の素晴らしさに惚れ込み、購入を決断されました。「建物の歴史や背景、地域性、建物のもつ可能性とアイデアも含め、総合的に考えて決めました」(田邉さん)

宿泊事業を始めた経緯として、大森さんとの出逢いも大きかったそう。大森さんも全国古民家再生協会に所属するひとりで、現在は田邉さんの事業をサポートする仲間でもあります。過去にバンクーバーの居酒屋で10年勤務されていた経験から、料理人としてのスキルや接客能力などを活かし宿泊事業を担うことに。外国からのゲストの対応も大森さんの海外での経験や語学力が一役買っています。「バンクーバーでの子育てが大変だと感じていたこともあって、2017年に日本への帰国を決めました。帰国後に田邉さんとの出会いがあって現在は『そよも』でゲストのお出迎えやチェックアウト後の清掃等の形で運営に携わらせていただいています。私自身、過去に日本の建築関係の会社に勤めていた経験や、実家の家業が大工というバックグラウンドがありまして、住宅や宿泊施設とは縁があるのかもしれません」(大森さん)

大森さんとの出逢いも含め、「不思議なご縁があって、ここに決めた」と田邉さんは言います。「ここ『そよも』の名前も、近所の方々が親しみをこめてそう呼んでいたので、所有者の方に、物件と一緒に『そよも』の名前も引き継がせてもらえないか打診したところ、快く承諾していただきました。当時の当主『惣右衛門』さんの愛称が由来です。(そうえもん→そえもん→そえも→そよも)」

「物件をリフォームするにあたっては、昔の思い入れやストーリーを建物の面影と一緒に大事に残したいという思いがありました。例えば囲炉裏にくべる薪を留めるための金具、神事の餅つきの際に杵が梁に当たってできた打痕、電気の碍子など。玄関の板はちょっと綺麗にしただけで面影を残しておいたら、所有者の長女さんがキズの位置などから同じ板を使っていることに気付いてくれた、といった場面もありました。思い入れのある家を『受け継がせてもらった』という気持ちで、思い出や歴史として刻まれているものは出来るだけ残しました」

かつて使われていた、囲炉裏にくべる薪を留めるための金具
神事の餅つきの際に杵が梁に当たってできた打痕
電気の碍子

リフォームをして2020年3月に完成。当時は緊急事態宣言発令によりオープニングセレモニーなどができなかったため、元所有者とそのご親戚、約20名の方々へ向けたお披露目会を行いました。親戚の方の中には当初売買の話が出た際に「本当にこの家を売ってしまっていいのか」と心配されていた方もいたようですが、新しく生まれ変わった『そよも』を見て一変。「手放してよかった。あのまま売らずに放置してたら朽ちてた」「またここで集まれるようになったやん」「あのままやったら集まることはなかった。集まる場所ができて嬉しい」などのお声をいただいたそうです。

その後、新型コロナウイルスの影響で営業開始が遅れ2020年9月に営業開始。完成から半年間営業できない期間がありましたが、田邉さんはその間に自身のご家族と宿泊したりすることで「予行練習ができて、かえって良かった」と言います。事前に自分たちで泊まって実際に体験してみた上でみられた改善点に着目し、万全な状態で営業を開始することができました。

古民家ならではのメリットと苦労

夕方のそよも

一般社団法人「全国古民家再生協会」では、古民家を「1950年の建築基準法制定以前に建てられた伝統的建造物の住宅」と定義しています。一般的な住宅に比べ、築年数も多く造りも異なる古民家ならではのメリットと管理における苦労をお聞きしました。

「一般的に『古民家』と聞くと、暗い、古い、汚いといったイメージもあるかと思いますので、実はお客様が期待されるハードルが低いかもしれません。皆さん思った以上に綺麗だと感動してくださって、古民家のイメージを覆すことができているかと思います」と大森さん。確かに、施設内は広々としていて解放感があり、手入れも行き届いていて清潔感を感じます。

「ここ『そよも』がある甲津原という集落は、約40世帯の100人ほどの小さな集落です。立地的な特徴としては、近隣に『グランスノー奥伊吹』という関西最大級のゲレンデがあるので、スキー客も多く訪れるんです。もともとスキー客のための民宿が20件ほどあったので、村の人たちは観光客慣れしていて、抵抗感がないように思います。近所の70~80代の方が、お客様に『またきてなー』『またきーなー』と両手を振って見送るんですよ。道に迷ってる観光客を見かけたら、声をかけて案内までする。そういった集落ならではの人や地域性のあたたかさを感じていただけると思います」(田邉さん)

宿泊客もスキーを目的とした観光客というより、古民家を目的に訪れる方がほとんどだそうです。ビンテージものの、希少性の高い宿に泊まれることに価値を見出す富裕層、アッパー層も訪れるようになり、「今後はそういった宿泊客も増えていくのでは」と田邉さんは考えています。

そのようなゲストは価値を理解しているからこそ、室内の扱いも丁寧で綺麗に使ってくれるので、従業員にとっては清掃などのオペレーションも楽になるのだそう。「宿泊料金を上げても、躊躇なく払ってくれる。私たちの仕事に対してのリスペクトも感じられてありがたいことです。『古民家に泊まる』という体感型観光の拠点として成り立てば、建物管理などの雇用がうまれます。これから『この地域で働きたい』『住みたい』という人が増えてくれることに期待しています」と、この先の可能性についても語ってくださいました。

一方、古民家ならではの苦労もあるのだそう。古民家は使用されている木材の劣化などにより構造上の歪みが生じるため、隙間が多くなります。そのため冬は寒いだけでなく、埃も入ります。ここ『そよも』は大壁ではなく真壁(表面から柱が露出しているような構造)なので、埃もたまりやすく、その分掃除の手間もかかります。木材を好む習性があることから蜘蛛も多く、頻繁に蜘蛛の巣を張られてしまうことも。


また、コロナ渦ではアルコール消毒が推奨されてきましたが、漆喰塗りの部分はアルコールで拭くと傷んでしまうので、固く絞った雑巾で拭く必要があるそうです。そういった手入れの面で、一般住宅にはない、古民家ならではの苦労が伺えます。

今後の展望

「『地域活性化』という軸を常に持っていれば、今後も継続して活動していけると思っています。ここ『そよも』も、自分たちがハッピーになるだけでなく、お客様はもちろん近隣の皆さんにも喜んでいただけないと話にならないという意識をもっています」と語る田邉さん。地域の方と交流し、お互いに支えあう関係性を保って成り立つものだと言います。

「(田邊さんの属する)建設業界から見て古民家再生事業は、『空き家を活用する』だけでは限界があると思っています。かと言って新築需要にも限界があります。ここに『地域活性化』というテーマを組み込んで考える必要があると思っています」

さらに、古民家再生を事業としている考えている方に向けて、古民家をビジネスとして展開する際のポイントをお聞きしました。「人口が少ない村や集落の方たちにとっては、よそから人が入ってくることに対して抵抗感があるものだと思います。ただ『人が集まって賑やかになったらいい』というのは、こちらだけの主張になってしまいます。継続的にビジネス展開をしていくには、地域との関係性が重要。周りの住民が建物のことをどう思っているか、地域の方たちがどうしていきたいかに対する理解が必要です。並行して自分たちのことも知っていただくことも積極的に行います。何回も足を運び、会話をする。こちらから地域に溶け込み、周りから受け入れてもらうことがまず大前提としてあります」都会と違い、山間部や農村部は密な社会。だからこそ、お互い納得がいかなければ成り立たないと田邉さんは語ってくださいました。

自ら地域の方々に協力や意見を求め、それに対し『こういうのはどう?』など提案してくださることもあるそうです。そうして関係性を深めていくことで、さらなる事業の発展にも繋がります。

「本当にやりたいことは『地域活性化』であり、地域のポテンシャルをひきだすことです。私はたまたま、建物や宿泊事業をツールとして使っているのであって、古民家再生事業は手段のひとつです。結果的に地域が活性化すれば、息子さん、お孫さんの代でリフォームなど仕事の需要が生まれ循環化していくと思います」(田邉さん)

さらにここからインバウンド観光客も戻ってくると予想し、「伸びしろしかない」と期待を膨らませつつ語ってくださった田邉さん。「これから地域の観光ビジネスは大きくなってくると予想しています。田舎でしか体験できないことに焦点をあてた『体験型』にもスポットがあたるはず。例えば、田舎のおばあちゃんとコミュニケーションを取るとかは、お金を出してできることじゃないですよね。わざわざ足を運んできたからこそできる体験だと思います」『ここでしか体験できない』という希少価値を見出して来てくれる観光客が増えてくるとお二人は予想します。
「これからは海外のお客様も増えてくるかと思います。近所のおばあちゃんたちが海外のお客様に『またきてなー』と手を振る姿が見れるように、これからも頑張りたいですね」

「宿泊事業をするにあたって、ここは最高のポテンシャルだと感じます。これからもそんな近所の方々、地域の方々に喜んでもらえることを考えていきたい。その先でこの地域に足を運んでくれて、移り住んでくれるようになってきたら最終的にいいかなぁと思っています。地域の方々も、自分たちに期待してくれていると感じるので、その期待に応えていきたい。それが私たちのできる恩返しのひとつです」

地域と、その土地に住む方々との繋がりをとても大切にされていることがお二人のお話からうかがえました。その思いが広がり、更なる発展に繋がることを期待します。

★宿泊体験記

編集部も2023年3月に「そよも」さんに滞在させていただきました。

紙ではなくアクリル板で作られた障子

正面の玄関をくぐると、まず透明な障子が目に入り「特別なところに来た」という実感が得られました。

施設内はとても広々として、空間を贅沢に使ったデザイン。古民家の特徴でもある梁のある高い天井がとても開放的です。伝統的な日本古来の工法で建てられ、細部まで先人たちの知恵が活かされているのだと感じます。趣や風情ある外観、自然と調和した街並みも、どれをとっても惹きつけられる感覚を味わえます。

木がふんだんに使われたリビングキッチン

リビングとキッチンは一つになっていて、みんなで料理を楽しんだりくつろげる空間。キッチンは広々使えて快適に料理ができます。スーパーやコンビニが遠いので(車で30分程)チェックイン前の買い出しがおすすめです。一棟貸切で最大8名まで宿泊可能。お子様のいるご家族や団体でも、気兼ねなく滞在することができるのも嬉しいですね。

上品な出汁が香る、近江の地鶏鍋。〆のうどんも美味しい

夕食は滋賀の地鶏鍋。地鶏をまるまる一羽使用した贅沢な一品です。野菜と地鶏のあっさりとした風味の出汁が特徴的で、噛めば噛むほど鶏の旨味が出てきて食べ応えがあります。

浴室には黒い琺瑯で作られた大きなバスタブが。入浴時にも非日常感を味わえる

滋賀県の水は硬水の地域が多いそうですが、この辺りの水は軟水なんだそう。湯舟につかると、お湯のやわらかさを感じます。

和室も備えているので子連れでの滞在も安心

床の間には地元アーティストの作品が展示されており、地元の魅力を届けることも忘れない、オーナーさんの心遣いも感じられます。

観音
Writer観音
https://kannnonn.com/

1985年生まれ。大阪府出身。自然豊かな生活環境を求めて2020年に長野県信濃町に移住。ヒップホップのトラックメイカーとして活動しながら個人ブログ「mozlog」(https://kannnonn.com/)を運営。フルサイズバンで車中泊しながら遊んで学ぶのが最近の趣味。