フルサト | full-sato.comフルサト | full-sato.com

ヒト

高岡市の伝統産業を進化させた『能作』のブランディングと
組織づくり(2)

ヒト:革新的後継者

トコ:地場産業が集積する地

コト:伝統産業からのイノベーション

前半では、今までになかった錫(すず)の魅力を発信し、製品の販売だけではなく新しい事業にも挑戦をしている能作千春さんに成功の秘訣についてお話しを伺いました。

後半部分では、能作の多事業展開についての具体的なお話と、それを支える組織づくりについて詳しく伺います。

能作が旅行事業も手がける理由

製品の販売以外にも旅行事業「想い旅」を立ち上げた能作。なぜ旅行事業を始めようと思ったのか、その経緯についてお聞きしました。

「産業観光事業でお客様のご要望を聞くにつれて、お客様にもっと寄り添った企画を提案したくなったんですよね。旅のプランニングもできたら面白いんじゃないかって。それで旅行事業を立ち上げました。『大切な2人で思い出を作る旅』というのが、『想い旅』のコンセプトです」

「能作で産業観光事業を行う中で、自然と情報が集まってくるようにもなりました。その情報をもとに勉強したり、実際にいろんな宿に泊まらせてもらって、とことんつきつめて、計画を一緒に練ってくれるBed and Craftさんが運営する古民家をリノベーションしたホテルを選ばせていただきました。『想い旅』は能作だけではなくて、Bed and Craftさんと2社でプロデュースした企画だと思っています」

新規事業では経営層自らが現場に立つ

能作千春氏

能作が手がける事業の中には結婚10周年の錫婚式(すずこんしき)を祝うブライダル事業もあります。結婚25周年や50周年をお祝いする銀婚式、金婚式と同じく、美しさとやわらかさをもつ錫のような夫婦、家族の関係を願って、感謝を伝え、絆を深め合う結婚10周年のセレモニー。この錫婚式を能作が提供します。この事業では千春さん自らウェディングプランナーとして従事されているとのこと。

「実際に現場に出てみないとわからないことや見えないことが多いので、役員の私も積極的に第一線に立つようにしています。産業観光事業やブライダル事業に着手し始めてから、一年通して休みはないですが、楽しく取り組んでいるので全然苦じゃないですね」

錫婚式の一場面

2022年7月に、千春さんも社員からのサプライズプレゼントで、能作の錫婚式を体験されたそう。そのときのお気持ちや、参加者側として気づいたことを伺いました。

「企画を立ち上げる時、私はいつも自分自身がお客様の立場になって考えるようにしています。錫婚式を始めた時は私がちょうど結婚7年目の頃で、その時に『こんな感じかな』っていうイメージのもとに作り上げたんですよね。今回実際に自分で体験してみて、さらにアイデアが生まれました」

多事業を展開するリスクをカバーする、スピード感ある対応力

一方で、多事業を展開することでリスクも考えられます。

「例えばですが、カフェ事業部のコーヒーの出し方ひとつで大きなクレームにもつながることもありますよね。ひとつのミスが会社全体のイメージを下げるきっかけにもなりえる、そういった可能性は常にあるという危機感は常に持っています」

「そういったリスクを解決するために、お客様や従業員から要望があった時はすぐに対応するようにしています。たとえば、過去に能作工場の入口の砂落としの網目にお客様のピンヒールが入って靴に傷がついてしまった、というお便りを頂いたことがあって。その翌日には施工業者に連絡をして、該当部分の改善を図りました。そんなスピード感で動いています」

常にお客様や従業員の声に耳を傾けていると話す千春さん。新しく事業を立ち上げた結果、失敗したものや、失敗から学んだ経験などもあるのでしょうか。

「何をもって失敗とするか、だと思うのですが、今まで取り組んだことで失敗したと思うようなことはありません。何をしても身になっているし、今後につながってると思います。ただ、最近は思いついた企画を実現するためにいろんなハードルがあるな、と思う機会が増えてきました。例えば錫のぐい呑みと一緒に地元のお酒を販売できるといいなと思い、酒類販売業免許も取得したのですが、実店舗での販売にはさらに取得しなければいけないものが多く、まだオンラインショップ上でしか販売できていません。このあたりは悩ましいところです」

過去には実現に至らない企画もたくさんあったといいます。企画の軸となるべきものは、高岡市の400年伝わる歴史や、職人たちの思いを知ってもらうこと。ただ単に集客に繋がるだけで、その軸から逸脱した企画などは構想段階でボツにしました、と話されていました。

多種多様なバックグラウンドを持つスタッフが支える能作

能作の工場を訪れると印象に残るのがスタッフの方々の表情。皆さんほがらかで、イキイキと働いています。

「実は私たちがやっている産業観光とものづくりは、強い意志を持って繋げようと思わないとしっかり結びつかないんですよね。能作の場合はスタッフ全員が『お客様を喜ばせる』という共通の価値観を持っていることが強みかなと思います。そういう考えを持っている人が集まって、自然といい表情になってるのかもしれないですね」

多くの地方企業が人材獲得に悩む中、能作の工場には若い職人が多く、平均年齢も34歳。採用活動にも苦労された様子はないようですが、その理由は。

「工場を移転する前から工場見学の取り組みをずっと行ってきていて、その結果が今出ているのだと思います。今では能作という企業の認知が富山県の中でも高くなっていて、採用活動を行っていない時期でも履歴書が届くこともあります。『鋳物工場ってカッコイイ!』『能作で働きたい!』と思ってもらえるようになってきたのかなと」

「採用では学歴や前職は関係なく、人となりだけしか見てません」と語る千春さん。今の職人さんの前歴も元スポーツインストラクター、元板前、元美容師など多岐にわたっているそう。

「意外と職人から産業観光の企画のアイデアが出ることもあったりするんです。多様性が生きているし、うちの職人はマルチに柔軟に対応できる人が多いですね」

「ただ、ろくろ削りなど『職人の知識と経験と勘』に頼る部分が大きい業務については、経験がどうしても必要になります。今うちの職人さんで一番最年長で30年近く勤務されている方がいて、その人からOJTで技術を伝承していくという地道なことにも取り組んでいます。こういう部分はDX(デジタルトランスフォーメーション)ができないですし、機械で作ったものは手に取った時に分かってしまいます。職人が手作業で作る質感は何にも勝るものはない宝なので、守り抜かなきゃなと思います」

コロナ禍での戦略と、能作の今後の展望

能作にとって、新型コロナウイルスの影響も小さくはなかったそう。

「商品の魅力をオンライン上だけでは伝えきれないことを、今回のコロナ禍で痛感しました。まずは錫を身近な金属として認知してもらう必要があるなと考えています。コロナ禍と逆行する形にはなりますが、店舗数を増やしたいと思っています。能作の店舗は売上を上げることが目的ではなくて、商品を知ってもらう場所として考えています。実際に手にとってもらって、その場で購買に繋がらなくても、いつかオンライン等で購入していただくきっかけになればと思います」

最後に「ズバリ、能作の次の一手は何でしょうか?」と尋ねました。

「国内に勝るくらいの展開を海外でもしていきたいです。具体的には今注力している台湾を足がかりに、中国へ進出していきたいです。この海外展開が成功すれば、いずれインバウンドで観光にもきてくれるはずで。その流れを作り出せたら、高岡市にも周囲の企業様にも貢献できると思うんですよね」

千春さんはそう、明るい笑顔で語られていました。

伝統産業というバックボーンを活かしながら、多くの新規事業を打ち出す形で地域へ貢献する能作。今後の展開にも期待が高まります。

観音
Writer観音
https://kannnonn.com/

1985年生まれ。大阪府出身。自然豊かな生活環境を求めて2020年に長野県信濃町に移住。ヒップホップのトラックメイカーとして活動しながら個人ブログ「mozlog」(https://kannnonn.com/)を運営。フルサイズバンで車中泊しながら遊んで学ぶのが最近の趣味。