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ヒト

高岡市の伝統産業を進化させた『能作』のブランディングと
組織づくり(1)

ヒト:革新的後継者

トコ:地場産業が集積する地

コト:伝統産業からのイノベーション

富山県高岡市の伝統産業である鋳物。高岡市では約400年も前から、時代のニーズに合わせて鋳物産業を発展させてきた歴史があります。 株式会社能作は、1916年から鋳物の製造を開始し、高岡市の伝統産業を維持しながら、技術と素材を最大限に生かすデザインを探求し、鋳物の可能性を広げ続ける鋳物メーカー。錫(すず)100%の「曲がるKAGO」や、錫製の酒器「ビアカップ」や、錫や真鍮製の「花器」等が特に人気の製品です。 今回はこういった製品の販売だけではなく、能作自身が観光の起点となることで地元高岡市を盛り上げる産業観光事業や、結婚10周年を祝う錫婚式(すずこんしき)を提供するブライダル事業など、新しい事業にも挑戦をし続ける株式会社能作の専務取締役、能作千春さんにインタビューしました。 地方の町工場だった能作が多くのファンを獲得するに至ったブランディングの戦略、多くの事業を支える組織づくり、世界進出に向けての考えなどについて、お話を伺います。

能作のブランディングの秘訣は?

能作は製作・販売している製品だけでなく、コーポレートサイトのデザインや直営店、社屋の内装、工場にいたるまで、洗練されたブランディングを維持しています。

「錫という金属は曲がる特性があって、それをずっと欠点だと思っていました。けれど、家具デザイナーの小泉誠さんが『その特性、面白いね』って逆転の発想をしてくれて。小泉誠さんとの出会いが今の能作に変わるきっかけでした」と語るのは、能作の経営陣の一人である能作千春さん。

千春さん「能作に勤める前は神戸でアパレル通販誌の編集の仕事をしていました。その経験もあって、企画をしたり見せ方を考えたりするのは得意な方かもしれません。能作では経営層がしっかり監修に入ることで、ブランディングを維持できているのかなと思います。」

社屋移転プロジェクトがスタート

2017年に社屋を移転するために、2015年から計画が動き出しました。2000年ごろから能作のブランディングに参加していた小泉誠さんを始めとして建築家やグラフィックデザイナーなど色々な方による、いわば“チーム能作”が出来、プロジェクトはスタートします。

「社屋移転の目的の1つめは工場の生産量を拡大すること。そして2つめはお客様にモノづくりに対する心を伝えるために、モノを作るだけではなく、その背景にある『こと』と『こころ』を伝える産業観光事業への取り組みを見せていくこと。この2点をプロジェクトメンバーに伝えました」

能作ロビーの壁一面に展示された木型

現在の能作の工場入口に入ると、まず一輪挿しが等間隔に陳列されているのを目にして繊細な印象を受け、その後ロビーの壁一面に木型が並んだ光景に圧倒されます。この顧客体験は意図して作り上げたものだと千春さんは語ります。

「前の工場では、2500〜3000枚の木型を倉庫に押し込めていたんです。それを見た建築家さんから、『鋳物屋の宝を暗いところに閉じ込めておくのはもったいないから、最初に目に付くエントランスの付近に型をおいておいたら面白いんじゃない?』というアイデアをいただいて完成しました。私たちが施主ではありますが、あまり意見を固めすぎずに外部の方の意見も積極的に取り入れて、この工場が完成したんです」

能作千春さんは役員でありながら、産業観光の取り組みに関しての実行部隊の責任者も務めています。「能作の工場見学に来た人を独り占めすることなく、地域の観光にも還元したい」という思いから、社内に産業観光の部署を立ち上げて、自ら先頭に立ってお客様のおもてなしなどの企画・運営を行っています。

人と人を繋ぐ存在になりたい

能作の工場ロビーに入ってすぐ左のところに「TOYAMA DOORS」という、能作の工場以外の観光スポットや飲食店などの情報カードが並んだコーナーがあります。このコーナーを作った経緯を伺いました。

「産業観光に力を入れて多くの方を誘客したいと考える一方で、来てくれた方が能作だけを見るのではなく、地域に還元したいという思いがありました。能作に来たお客様が、私たちが作った観光カードを通して地域を観光して、実際に足を運んでもらった方がみんなハッピーになれるなって思って。能作から送客することによるインセンティブなどの収益は一切ありませんが、当初予想していなかった効果がありました。たとえばマルシェイベントをしようと思った時にお声がけしやすかったり、このカードを通じて今までお付き合いのなかった他業種とのコラボレーションの輪が広がったり。金銭的な利益ではないにしろ、確実に能作にもプラスになって返ってきています」

「観光カードの設置を維持するには印刷代等のコストがかかりますが、地域に観光の輪が広がることと、他業種とのネットワークに対する投資だと思っています。また、観光カードを通して旅の提案ができるようになったんですよね。この経験をしたことで、次は旅を始める前の段階からの提案もしたくなり、旅行業という新規事業立ち上げのきっかけにもなりました」

自然な形で能作のファンになる動線作り

能作の工場を訪れると、工場見学、カフェ、鋳物製作体験、ショップを通して、自然な形で能作のファンになる動線が描かれているように感じます。これを実現するためにこだわっている点を教えてもらいました。

「工場見学では案内スタッフと一緒に工場を一周しながら、鋳物への理解を深めつつ、愛着を持っていただけるような動線をイメージしています。ショップもありますが、買ってほしいというよりは、実際に手にとっていただいて、工場見学とは違う視点で製品を知ってもらいたいという思いがあります」

動線についても、お客様の反応やスタッフの意見を柔軟に受け入れて随時変更しているといいます。

「能作ではB級品はどこの店舗でも販売しないって決めているのですが、スタッフとの対話の中で『風鈴は手作りなのでどうしても毎日B級品が出てしまう。B級品と言っても気づかない程度の金属のシワや傷だけがついているものでもったいないし、なんとか活かす方法はないでしょうか』と相談を受けました。そこで、傷モノでもちゃんとお届けしたいという思いを文章にして掲示し、工場の見学が終わったところにB級品の風鈴回廊を設置しました。工場で一連の製造過程を見ると、『B級品を連れて帰ってあげたい!』という気持ちになってくださるお客様が多くいらっしゃるのがありがたいですね」

「能作って人生の節目に寄り添ってくれる会社だよね」と愛される存在でありたい

神戸での社会人経験を経て、地元高岡に戻ってきた千春さん。一度外に出たからこそ高岡でビジネスを続けるメリットを実感することも多いそうです。

「地方ってやっぱり、人と人のつながりが深いんですよね。そのつながりをもとに他社との連携をとって仕事を進めるのもやりやすい。私は地元高岡が好きですし、ここに貢献したいという思いが強くあります。小さなお子様の段階から工場見学に誘客して、『将来能作の職人になりたい』という人をキャッチしていきたいですね。また、実際に工場見学にお越しになられた方からお礼のメールをもらったり、錫婚式(すずこんしき)でお客様と一緒に過ごして、その後にお手紙を頂いたりすることで、継続したファンを作れていると実感します。このように愛情を持って接してもらえるのって、単なる観光じゃないし単なる物売りじゃないなと最近強く思うようになりました」

能作の工場では、多い時は年間13万人もの工場見学者が訪れるそうです。なぜそんなにも多くの方から愛される工場になったのか、その秘訣をお聞きしました。

「チャレンジ精神を持って色々なことに取り組んできました。最近だと、夏休みの宿題プランの企画などが特に人気ですね。夏休みの宿題に困っている親御さんってたくさんいらっしゃるんです。そこで、工場見学と製作体験ができるプランを用意したところ、県外のお客様からも問い合わせが入るようになりました」

能作の企業文化として、“損して得取れ”という、利益を優先しないという考え方があると千春さんは語ります。

「遊び心を持ちながら実利を抑えるという感じでしょうか。売上ではなく、誰に届けたいか、何をしたいかを考えていくのが能作の企業方針です。0から1を生み出す企画って難しいですが、私も実際2児の母親でもあるので、自分の身に起こったことなどをよく振り返って、そこからヒントを得ることもたくさんあります」

次のターゲットは台湾。能作の世界進出

能作ではたくさんの事業を展開していますが、その中で現在苦戦しているのは海外進出とのこと。文化の違いや商習慣の違いで苦労されたことと、その打開策について伺いました。

「何年か前から台湾に進出していて、錫の認知を広げたい、さらにそこからインバウンドで富山県に誘致したいという思いのもと行動しています。ただ、錫の器が冷たくて気持ちいいというのは日本独特の感覚のようで、冷たい・曲がる金属という部分をアピールしても、中華圏では全然響かないんですよね」

「そんなときに、信頼できる現地のパートナーと出会えたことはとても大きかったです。今、台湾の方に向けた製品開発を現地デザイナーと一緒に考えていますが、台湾ではりんご、梨、パイナップルが縁起物だという意見をもらい、それをモチーフにしたアロマディフューザーを作ったら、反応が良くて。現地の文化を分かっている人がデザインをしたり、一緒に売り方を考えてくれるのは海外進出の際の大きな鍵になると思います」

「能作は失敗を恐れない企業文化なので、これからも新しいことにどんどん挑戦していきたいですね」そう楽しそうにお話しされる千春さんの様子が印象的でした。

後半では、多事業展開とそれを支える組織づくりについてお話しを伺います。

観音
Writer観音
https://kannnonn.com/

1985年生まれ。大阪府出身。自然豊かな生活環境を求めて2020年に長野県信濃町に移住。ヒップホップのトラックメイカーとして活動しながら個人ブログ「mozlog」(https://kannnonn.com/)を運営。フルサイズバンで車中泊しながら遊んで学ぶのが最近の趣味。