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ヒト

来場者数42万人超!地元愛から生まれた”クリスマスマーケット熊本”

ヒト:クリスマスマーケット熊本実行委員会
トコ:熊本で暮らす・訪れる人が行き交う中心街
コト:「優しさ」と「ホンモノ」が詰まった冬の風物詩

熊本をはじめとする県内外のファンが待ちわびていた”クリスマスマーケット熊本”が、今年も始まりました(2022年12月25日まで開催)。2021年からは熊本市中心部と熊本駅前の2会場を使って規模を拡大。約2週間の開催で42万人超の来場者数を記録しています。

5年目にして冬の風物詩となったこのイベントをつくり上げてきたのは、行政でも大手企業でもなく、地元で暮らす民間人。なかでも中心となって会場運営を取り仕切ってきたのが、”クリスマスマーケット熊本”事務局長の荒木真吾さんです。2018年の初開催以降、新型コロナによる影響も経験しつつどのようにイベントを成長させてきたか? 話をうかがいました。

“クリスマスマーケット熊本”事務局長の
荒木真吾さん

「ここで暮らしたい」を次世代へと繋ぐ、まちづくりの延長

プロジェクトのはじまりは、2017年春。現在、“クリスマスマーケット熊本”実行委員長を務める池田親生さんが発した「熊本で”クリスマスマーケット熊本”をやりたいんだよね!」のひと言でした。池田さんは、大学時代の同級生である三城賢士さんとともに竹あかりユニット“CHIKAKEN”として活動するアーティスト。明治天皇百年祭 (東京・明治神宮)や伊勢志摩サミット(配偶者プログラム夕食会場)の演出を手掛けるなど幅広く活躍しています。

そもそも荒木さんと池田さんは、熊本を拠点にまちづくりを仕掛けてきた仲間。これまでにも熊本市街の空きテナントなどを活用した市民大学・マチナカレッジ(2015年まで開催)や、官民一体となって竹の照明で熊本市街を彩る熊本暮らし人まつり  みずあかりなどに携わってきました。

福岡県で開催されている福岡クリスマスマーケットを観て、その温かい雰囲気に心動かされた池田さん。ただでさえ家にこもりがちな冬に、熊本では人が集う大きなお祭りがない。それでは気持ちまで寒くなってしまう……。池田さんの熱い想いを聞いた荒木さんでしたが、当時はクリスマスマーケットの存在さえ知らなかったといいます。

共同で実行委員長を務めている池田さん(左)と三城さん(中央)。荒木さん(右)は、彼らとともに竹あかりを通じて人々の心に明かりを灯してきた

こうしたイベントにせよ、”クリスマスマーケット熊本”にせよ、すでに多くの人が集まる場所であるにも関わらず、なぜ敢えてまちづくりの必要性を感じたのでしょう? そこにはショッピングモールの郊外進出やネットショッピングの普及などで中心街の空洞化が進んでいたことへの危機感がありました。また若者たちが都心部へと流出する中、居心地のいい場所を作ることで「熊本に住んでいてよかった。これからも暮らし続けたい」と、未来を切り拓く子どもたちに感じてもらいたい。そんな思いがあったといいます。

「こうした問題を、行政頼みではなく、地域で暮らしている自分たちの力で解決したい。それも、シリアスなやり方ではなく、イベントに訪れる人も運営する側も楽しめたら、みんなで幸せを分かち合えますよね。たくさんの人が喜ぶ顔を見たくて、長年まちづくりをライフワークとしてきました」と語る荒木さん。

福岡クリスマスマーケットが日本を代表するクリスマスマーケットにおけるロールモデルの一つと知って視察に出掛けましたが、想像を超える規模の大きさ、クオリティーの高さに圧倒されたそう。「こんなイベント、熊本では絶対無理!と躊躇する一方で、こんなふうに世代を超えて楽しめるイベントを熊本でできたら最高だなと、純粋に思いました」。やるからには、10年先まで続く冬の風物詩へと成長させたい。次世代を切り拓いていく子どもたちに熊本で暮らす喜びを感じてもらいたい。こうして“夢”の実現に向けて覚悟を決めたそうです。

一年後に果たした2018年12月の初開催では来場者数9万人超、その翌年は21万人超、直近の2021年には42万人超と、着実に規模を拡大してきた”クリスマスマーケット熊本”。ここからは、ゼロからスタートした”クリスマスマーケット熊本”が成長を遂げる過程で貫いてきた“3つのミッション”についてご紹介します。

ミッション1)熊本を代表する冬のまつりへと成長させるために“仲間”を増やす

「10年先まで続く、熊本を代表する冬のまつり」へと成長させるべく、荒木さんたちが最初に取り組んだことが“仲間づくり”でした。

資金集めにせよ、労力にせよ、協力してくれる仲間の存在が欠かせません。「多岐にわたる分野でコアメンバーとなるプロフェッショナルの力が必要だと感じる一方、ビジネスライクではなく言いたいことを言い合える関係を大事にしたい」と考えていた荒木さん。そこで、さまざま分野で活躍する経営者たちに声を掛けた結果、思いに賛同してくれた飲食業オーナー、広告代理店代表、小児科医、竹あかり演出家の4人が仲間入りすることに。

発起人として集まった6人がコミットしたのは、気持ちだけではありません。なにせ初めて開催するイベントだけに資金はない。そのうえ、高いクオリティーの世界観を実現するためには、相当の金額が掛かります。そこで一人100万円ずつ出資し、絶対に”クリスマスマーケット熊本”を実現させよう!と決意を一つに。こうして発起人6人と出資金600万円をもとに本格始動しました。

そして、これだけの大掛かりなイベントを成功させるにはさらに多くの人の力が必要ですが、このときはまだアルバイトを雇う資金などありません。ボランティアで手伝ってくれる人が、せめて100人は必要という見込みとなりました。

前例のないイベントに、みずからボランティアとして参加してもらうにはどうすれば良いか? そこで、荒木さんが悩んだ末に思いついたのが“夢を語る場を作る”ことでした。「10年先まで続く、熊本の冬の風物詩を一緒に作ろう!」と伝えるべく、”クリスマスマーケット熊本”への構想に興味を持ってくれる人をSNSで募集。「キックオフ会、飲み会、お茶会といった集まりを重ねては、みんなで面白いことやろうよ!と夢を熱く語っていました」(荒木さん)。

ボランティアとして力を貸してくれた仲間たち

初開催にも関わらず、本番2カ月前には70人のボランティアメンバーが集まりましたが、目標はあくまでも100人です。

そこで、最後の切り札として用意したのが、福岡クリスマスマーケットの実行委員長・佐伯さんを招いて開いた勉強会でした。「イルミネーションのもとに多くの人が集い、寒い中で体を寄せ合いながら、夢を語れる場所を用意する。それがクリスマスマーケットだと思います」と佐伯さん。実際に運営してきたからこそ語れるやり甲斐や意義に、参加した誰もが心を揺さぶられました。こうして “やる気スイッチ”が入ったメンバーは一致団結。一人ひとりが夢を語って仲間を集め、最終的には100人以上の仲間がボランティアとして集結しました。

「自分たちの街をより良くしたい」という思いが人を動かし、回を重ねるごとに来場者も協力者(ボランティアや協賛企業)も増加。イベントの成長とともにアルバイトを雇うことが出来るようになり、2022年の今年はアルバイト200人を含む総勢300人体制で、熊本市の人口とほぼ同じ数となる約70万人の来場者を迎える計画です。

ミッション2)“熊本らしさ”と“ホンモノ”を感じられるコンテンツづくり

こうした仲間づくりと同時に進めていたこと。それが、“クリスマスマーケット熊本”という空間イメージをスタッフみんなで共有するためのグランドデザインづくりです。「熊本でやるからには、自分たちにしかできない空間演出にしたい。熊本の人たちが見たこともないような空間を作らないと、サプライズは起こりません」と荒木さん。熊本らしさにこだわりつつ、熊本の人たちに世界や日本のホンモノに触れてもらうこと。それこそが、大きな感動を呼ぶ。そう考えた荒木さんと発起人メンバーは、東京を始めとするお店やイベントを視察しては空間づくりの大枠を決定。

さらに“熊本らしさ”を取り入れるために決めていたのが、“竹あかり”を取り入れることでした。荒木さんと池田さんは、前述の“みずあかり”以外にも、竹あかりを通して被災地の慰霊祭などで人の心にあかりを灯し続けてきました。「竹あかりの演出は心温まるクリスマス村の世界観にもふさわしいと感じました」(荒木さん)。こうした演出を組み合わせ、”クリスマスマーケット熊本”のイメージを共有できるイメージパースが完成。次のようなコンテンツづくりを進めていきました。

・竹を使ったクリスマスツリーのイルミネーション(竹害問題の緩和に繋がり、使用後は竹炭などで有効活用)

・無機質な足場(高所作業用の床)を目隠しするために間伐材の木枝でカムフラージュ

・”クリスマスマーケット熊本”の空間にふさわしいホンモノ志向の飲食店

ほかにも下記のようなアイデアを実施しています。

熊本県産杉の間伐材で作ったヒュッテ(再利用可能な木製小屋)

イヤーマグカップ(2022年は熊本出身の書道家・武田双雲さんがデザインした題字をモチーフ)

本場欧米から取り寄せた鍋でつくるオリジナルホットワイン

“熊本らしさ”と“ホンモノ”が感じられるコンテンツは年々より趣向を凝らすようになり、なかには演出を担当するメンバー以外、何が起こるか本番直前まで知らないことも。こうしてスタッフにまでサプライズを仕掛けるサービス精神もまた、”クリスマスマーケット熊本”らしさです。

ミッション3)病床からも参加。“世界一優しいクリスマス村”をつくる

こうして仲間が集まり、コンテンツが揃い、3つめのミッションとして掲げたのが、優しいクリスマス村をつくること。初開催の2018年には5日間で9万人超が来場した一方で、「車椅子では通りづらい」、「飲食物を買っても座って食べる場所が少ない」という声が上がりました。また、障がいを抱える人は会場へ行くことさえ遠慮してしまう状況があります。そこで誰もが温かい時間を過ごせる “優しいクリスマス村”の実現に向けて、次のような取り組みを行ってきました。

障がいがある子どもや家族が安心して滞在できるよう、優先的に案内できる時間を設定。画像左はいずれも発起人メンバーで小児科医の島津さん。自身もNPO法人を立ち上げ、重度障がいを抱える子どもや不登校児たちをサポート

分身ロボット・オリヒメを使い、会場へ足を運べない病気の子供たちが遠隔操作でリモート参加

協賛企業が協賛メニューとして選べる寄付型支援チケット(会場で使える商品券)を、地元の子ども食堂を通じて子供たちにプレゼント

さらに「運営側だけでなく、来場者にも“優しいクリスマス村”づくりに参加してもらえるよう、“クレド”(※本イベントにおける信条)を作成することにしました」と荒木さん。

クレドを掲載したパンフレットには“譲り合う気持ちを持つ”、“笑顔でいる”など、一人ひとりが実践することで“優しいクリスマス村”へと近づけることを紹介。事前に会場周辺の協力店舗や商業施設、協賛企業などに置かせてもらい、来場者に理解を求めました。「会場を訪れてくださる方々と一緒に課題を共有し、多様な個性を認め合いながら、ともに楽しめること。こうした優しさの輪が、熊本から全国、世界へと広がっていくことを願っています」

“夢”を自分の夢として共感・協力してくれる仲間を増やすこと、オリジナルのコンテンツを提供すること、誰もが温もりを感じられる優しいクリスマス村にすること。こうした3つのミッションを軸に、2018年の来場者9万人超、2019年は21万人超、そして2021年には42万人超と、新型コロナが影響した2020年を除くと着実に成長してきた”クリスマスマーケット熊本”。しかし、ここまで決して順風満帆だったわけではありません。

例えば、新型コロナ蔓延が深刻化した2020年。全国で次々とイベントが中止となり、”クリスマスマーケット熊本”を開催すべきか中止にするか?実行委員会の中でも意見が分かれました。そうしたなか、背中を押してくれたのが、発起人メンバーの一人である小児科医・島津さんのこんな言葉でした。「屋外のイベントでもあるし、しっかりと感染対策して実施すれば大丈夫。閉塞感が漂うときだからこそ、ひとときでも息抜きできる場所が必要だと思う。万が一のことがあれば、僕がすべて責任を取るから」。一年後のクリスマスを迎えられるかどうかも分からない。そんな重度障がい児たちを日々ケアし、命の尊さを誰よりも理解している島津さんだからこその言葉に、みんなも納得。結果として2020年の来場者数は約4万5千人と、初回9万人超の半分にも及びませんでした。しかしながら来場者からは「開催してくれてありがとう。おかげで元気がもらえたよ」といった感謝の声を投げ掛けられ、その後の飛躍へと繋がっています。

「新しい冬の風物詩を作りたい」というひとりの夢がみんなの夢となって広がり、熊本を代表する冬のまつりへと成長した”クリスマスマーケット熊本”。10年先まで続くことを目指してスタートし、2022年に中間地点となる5年目を迎えました。

では、あと残り5年で終わってしまうの?と心配になりますが、そこはまちづくりのプロフェッショナル。荒木さんたちは自分たちが将来「卒業」したあとも思いを繋げられるよう、後継者の育成を着々と進めています。「来場者100万人の夢は10周年まで取っておきたい」とのことですが、実現する日はそう遠くないかもしれません。

三角 由美子
Writer三角 由美子
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東京・熊本でフリーペーパーの編集者を経たのち、2009年からフリーライター&編集者として活動(熊本在住)。地域の魅力を発信すべく、県内外の地方自治体や企業のパンフレットおよびウェブ制作、SNS代行に従事。きもの・漆器・茶の湯・和菓子・仏像鑑賞・四国お遍路旅(現在23番所まで制覇)を始めとするニッポンの伝統文化にトキめいています。
著書/『熊本カフェ散歩』、『くまもとの海カフェ山カフェ』(ほか書籍ライティング代行)