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豊岡演劇祭

豊岡演劇祭から紐解く、革新的なまちづくりに必要なアートという捉え方。

豊岡演劇祭から紐解く、革新的なまちづくりに必要なアートという捉え方。

演劇を用いたまちづくりをする兵庫県豊岡市。2014年の城崎国際アートセンター設立に始まり、演劇教育の導入、2021年春には演劇が学べる大学が開校予定と、着々とその取り組みを広げてきました。そんな豊岡市では、今年9月9日から「豊岡演劇祭2020」が開催されます。

今回は、演劇のまちづくりの立役者であり、フェスティバルディレクターを務める平田さんに、豊岡市が進めるまちづくりのこと、そして町中が演劇一色になる豊岡演劇祭とはどんなイベントかうかがいました。


▲フェスティバルディレクターの平田オリザさん

豊岡市と演劇の関係性

兵庫県豊岡市は、5町1市が合併した大きな市。温泉で有名な城崎や、スポーツ合宿が盛んな神鍋高原も市内に位置します。そんな豊岡市で、なぜ演劇を用いたまちづくりが始まったのでしょうか。

平田さん「兵庫県から城崎大会議館の払下げ時に、豊岡市長が劇団に貸すことを思いついたのだそうです。その時に私がたまたま別の講演会で豊岡を訪れていて、市から相談を受けたのが始まりでした。
城崎大会議館はもともと、最大収容1000人の大ホールを持つ宿泊会議・研修用の公共施設。市長の発案をサポートしたことがきっかけで、城崎大会議館は2014年、アーティスト・イン・レジデンス*施設“城崎国際アートセンター”に生まれ変わりました。」

※アーティスト・イン・レジデンスとは、アーティストを一定期間招聘し、芸術創造活動の環境を提供する事業のこと。城崎国際アートセンターでは、市民に作品を見せることを条件に、アーティストは無償で滞在・スタジオ使用ができるという。

 

平田さん「地域の方々に施設ができるメリットを示すため、僕が城崎小学校で演劇の授業をして見せました。その授業をたまたま市の教育長が見てピンときたのだそうで、市内の小中学校で演劇教育を導入することになりました。」

レジデンス施設誕生をきっかけに、演劇の教育が市に導入されたことで、地域の中で演劇に対する理解を深めるきっかけになりました。

平田さん「温泉街に位置しながらも、24時間使用可能な城崎国際アートセンターの評判は口コミで広がり、毎年15の招待枠に対し100件以上の応募が集まる、世界最大級のレジデンス施設として大成功をおさめました。」

その後平田さんは、大学設立を悲願していた市から、またも相談を受けます。

平田さん「豊岡市も属する但馬地域には大学が無く、大学設立は地域の悲願でもありました。地方の大学は特色が重要。そこで、日本初の演劇やダンスの実技が本格的に学べる大学はどうかと話しました。演劇界の悲願でもあるので、そういう大学ができるなら引っ越しますと市長に話したところ、県知事からは、僕が学長になるなら県立大学を作ると言われ、学長就任決定と共に、豊岡に引っ越すことにしました。」

平田さんとともに、劇団も拠点を豊岡に移し、2020年春「江原河畔劇場」を設立します。平田さんの劇団に所属する劇団員も、活動拠点の移動に伴い、8家族が移住しました。


▲江原河畔劇場:平田さんが主宰を務める劇団「青年団」の新たな本拠地として2020年4月に開業。旧豊岡市商工会館を改築し、1階には劇場、2階には稽古やワークショップ、発表会などができるスタジオを完備しています。

成功に必要なリソースはすでに揃っていた

レジデンス施設や演劇教育の導入が基盤となり、演劇のまちへと少しずつ変化を遂げていった豊岡市。では、豊岡演劇祭はどのように開催が決まったのでしょうか。

平田さん「豊岡演劇祭の開催計画は、大学の設立による僕の移住とほぼ並行して進みました。演劇祭に必要なリソースがこれだけ揃っているならば、むしろやらない選択肢はないということです。」

豊岡市に備わっていたリソースとは、会場、宿泊施設、ネットワークの3つだと平田さんは語ります。

平田さん「演劇祭にはまず、招待した劇団が演劇を披露するための文化施設が必要です。1市5町が合併した豊岡市には、文化施設がたくさんありました。しかし、ただ文化施設が多いだけでは芸術祭は成立しません。豊岡市の強みは、神鍋高原のアットホームな民宿から、城崎温泉の一部屋5万円~10万円という高級宿まで、あらゆる客層に対応できる宿泊施設があることでした。そして、肝心なのは演劇祭の情報を発信し、アーティストを招致するためのネットワーク。これは僕や城崎国際アートセンターのスタッフが培ってきた繋がりを活かせばいい。演劇祭成功の条件は、そうやって気づいたら整っていたのです。」

また、人口8万人という豊岡市の規模感も開催に適していたと言います。豊岡演劇祭のベンチマークであり、世界最大級の演劇祭開催地であるアヴィニョンも人口9万人の小さな都市です。

平田さん「ヨーロッパのアート系フェスティバルは、人口10万人程度の地域で開催されます。東京では情報が多くて意識が拡散してしまいますが、豊岡くらいの規模感であれば、町中が演劇一色になります。世界中から演劇ファンが集い、観劇はもちろん、ファン同士の交流も楽しめるフェスティバルはまだ日本にはないので、そういう演劇祭を豊岡でやりたいと思いました。」

そして、都市開発の新たな試みに挑戦できる、というのも演劇祭の強み。平田さんは、以前から豊岡市と繋がりがあるKDDIと、トヨタの連携による、自動運転に向けた社会実験を検討します。


▲オンデマンド交通:演劇祭期間中の土曜日・日曜日・祝日(但し、最終日を除く)計5日間には、スマートフォンから予約できるオンデマンド交通が導入されます。利用は1台同時に最大4名まで、1人1回500円。

平田さん「東京23区よりも面積が広くエリアは広いですが、アクセスを考えたスケジュールを組めば解決します。来場者には電車や地元の全但バス、あとはオンデマンドの乗り物をご利用いただくのです。豊岡演劇祭のパートナー企業により、オンデマンドで呼び出せる、乗合タクシーのような移動手段が導入されます。これは、世界的にも珍しい社会実験です。」

アートとは形にしてようやく価値がわかるもの。
第0回開催を通して見えた可能性。

こうして、2018年から計画をすすめた豊岡演劇祭は、2019年に第0回を開催しました。お試し開催の意から「第0回」とし、開催期間は3日間。会場は城崎国際アートセンターと出石永楽館の2会場。メイン演目2つを含めて全4演目という限定的な開催でした。

平田さん「第0回は既存の文化施設を利用して限定的に開催しました。この期間に、予想比1.3倍の1400人が来場しました。“アート”と“温泉”、単独では足を運ぶ強い引き金になりませんが、“アート+温泉”なら来るということが証明されました。」

実際、来場者アンケートには「城崎温泉には1度来たいと思っていた」という声が多かったとのこと。

平田さん「これからの日本には文化観光の視点が大切です。東南アジアの経済発展でインバウンドが増えましたが、今度はもう一度来てもらわなければならない。そのためには食・スポーツ・アートといった文化が重要になります。」

まさに、文化と観光資源の組み合わせによる相乗効果を示した第0回。実際にやってみせたことで、地域の演劇祭開催に対する理解を深めたそう。

平田「そもそもアートとは、組み合わせで可能性を引き出すことであり、その価値は言葉で説明して理解できるものではありません。演劇祭も同じで、豊岡演劇祭のプロジェクト自体がアートなのです。だからやってみせるまではその価値はわからないのです。」

わからないからやれない、ではなく、「やってみせる」という革新性。まちづくりも一種のアートとして捉え、挑戦的な姿勢をとることも大切なのではないかと考えさせられます。

豊岡をアジアのハブ、日本演劇カルチャーの新拠点に

昨年の試験開催を経て、2020年9月9日〜9月22日の14日間、3エリア19会場とオンラインも使用し、「豊岡演劇祭2020」がついに開催となります。感染症対策のため、出演は国内アーティストのみ、席数は50%と予定よりも規模を縮小しての開催です。

平田さん「出演アーティスト全員にPCR検査を受けてもらいます。様々な制約がありとても大変ですが、都心部ではまだまだ厳しい状態が続く中、感染者の出ていない豊岡での開催が、文化を継続させるためのバックアップ機能になれば…という思いで開催をすすめています。」

数値的に見ても、開催中止を判断をする状況ではないと言います。

平田さん「夏休み期間中は、城崎温泉に一日3000人くらいの来客がありました。しかし、例年9月は城崎温泉の閑散期で、1日1500人くらいになります。演劇祭は1日200〜300人の来場を想定しているので、演劇祭開催がリスクを高めるワケではないのです。」

第一回は国内アーティストのみでの開催ですが、次年度以降は状況をみつつ、海外アーティストの招聘も視野に入れているそう。豊岡演劇祭は今後どのように広がっていくのでしょうか。

平田さん「みんなが憧れるまちになることです。憧れるまちになればみんな勝手に来てくれる。アジアのハブとして、アジアのプロデューサーが来ざるを得ないような演劇祭にしていきたい。あとは、日本の新たな演劇の拠点として、東京と同じくらい、豊岡に行くという選択が増えて欲しい。」

注目は、フリンジという自由参加のシステム。諸外国の演劇祭では、正式招待演目の他に、開催地域で自ら会場を確保し、自費で公演を行う劇団がいます。こうした劇団は、演劇祭に集う演劇ファンやプロデューサーを目当てに、自分たちの力試しをするためにやって来るそう。

平田さん「豊岡演劇祭でもフリンジのシステムを導入します。本来は劇団が会場を見つけるものですが、最初のうちは支援します。地域の空き家・空き店舗をフリンジの会場にしていきます。空家・空き店舗問題の本質は、所有者の保守性だと思います。演劇祭期間だけ借り、アートスペースに作り替え、実際に空家を使用する様子を見せる。アートの力で、マインドから変化させるのです。」

▲会場「友田酒造」:フリンジ参加の越後正志『観測地点』の会場となる元酒蔵。

地域の人々も、空家を貸すことに抵抗はある一方でまちづくりには貢献したい。期間限定なら借りるハードルは低いのだそう。5年〜10年かけじんわりとマインドを変えていくと平田さんは語ります。

平田さん「こんな壮大な社会実験は世界的にも珍しいので、どうなっていくのかはわかりません。でも、世界中の人が憧れるまちにすることで、地元の人が誇りに思う地域にすることが最終的に一番大切だと思っています。」

あらゆる側面でまさに「やってみせる」を体現したフェスティバル。豊岡演劇祭の開催が、新しい時代へのターニングポイントとなる予感に、期待が高まります。

 

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Writer西山 綾加

岐阜県出身。学生時代からイベント制作に携わり、制作会社勤務を経て、旅行会社に転職。社会人2年目、巡り合わせでライター業を始める。音楽コミュニティー「SHAKE HANDS」所属。座右の銘は「袖振り合うも他生の縁」。新たなご縁を求めてひとり旅に出ることが趣味。