スラックラインの“聖地”──長野県小布施町が占うスポーツ×地域活性の可能性
長野県・小布施町──長野県で最も面積が小さいこの町ですが、実は世界80カ国、300万人以上が愛好するエクストリームスポーツ・スラックラインの“聖地”。ニュースポーツで地域振興に挑戦している町です。
スラックラインは、地上から1m以上に張った5cm幅のライン(線)の上を飛んだり、跳ねたり、回転するアクティビティ。「ジャンプする綱渡り」といえば、よりイメージがつきやすいかもしれません。2000年代初頭に生まれたばかりのスポーツですが、近年はライン上での動きが、体幹やバランス強化に役立つことが医療の分野で注目されていることもあり、競技人口は増え続けています。
「楽しむことが一番大事です」と語るのは小布施町にある、浄光寺の林映寿副住職。お寺で「筆遊び教室」「グランピング体験」など五感を体験するアクティビティを推進していくなかで、2013年に『小布施スラックライン部』を発足。2014年から小布施町をスラックラインの全国大会の舞台として地域・行政と一体となった活動を続け、ついに2017年にはアジアで初となるW杯を開催しました。
「楽しむ気持ちが人を自発的に、素直にさせるんです」と語る林さん。スポーツでの地域活性のロールモデルとして、スラックラインが全国をつないでいく可能性に注目が集まっています。
INDEX
日本・ローカル発。エクストリームスポーツのW杯
元々は林さんが「仏教離れする現代に置いて、地域に愛される寺院になりたい」という想いで始めた「寺子屋活動」の一つだったスラックライン。絶好の機運が訪れたのは、小布施で育った高校生アスリート木下晴稀さんが世界最高峰のエクストリームスポーツ大会『X GAMES AUSTIN 2016 』で優勝したことがきっかけだったと言います。
林さんが次のチャレンジとして選んだのが日本でのW杯開催。当時の心持ちを以下のように語ります。
林さん:2016年の時点で『小布施スラックライン部』から世界で活躍する子どもたちを育てる事が出来た。子供たちの成長を見ていると、次は僕たちも世界に挑戦していきたいという思いが芽生えてきました。アスリートとして世界へ挑戦することは難しいけれど、世界の舞台をつくることはできるだろうと考えていたんです。
2020年の東京オリンピックでアピールできるような体制づくりをしていきたいと、W杯の準備期間では異例のスピード実行。開催を現実にするに当たって、様々な面で地域との連携が不可欠となります。
林さん:2013年に小布施スラックライン部を発足してからは、学校へ出張体験会や、地元のお祭りでパフォーマンスを行うことで『小布施のスラックライン』を地域内外に広めていき、翌年の2014年からは全国大会を小布施町で開催することができました。
当時から町長とは「いつかW杯を小布施でやりたい」という話をしていたんです。企業であっても行政であっても、お金を出せば口も出すのは当たり前です。でも小布施町の場合は、お金は出すけど口は出さない。異例のスピードでW杯準備を進められたのも、こうした地道な“下地づくり”と地元の協力体制あってのことです。
世界の「OBUSE」へ
W杯は世界規模で行われる催しですが、場所としては日本のローカル都市での開催。認知を獲得するための広報戦略が課題となります。全国大会を数年開催していたとはいえ、地上波のテレビに露出することは難しい。林さんが着目したのは「ケーブルテレビ」でした。
林さん:日本ケーブルテレビ連盟へプレゼンにいきました。ケーブルテレビは地域密着性の高いメディアですが、地上波と同じくらいのメディア露出の効果は期待できません。そこでW杯では、‟日本初4K画質”でのスポーツライブ配信という仕掛けを打ちました。
また、地上波では1回しか放送されないものも、ケーブルテレビは、1日に何度も放送されます。その特性が功を奏し、多くの人にイベントを周知することができました。
世界各国から来場を見越したイベント。小さな「町」を世界へどの様にアピールし、集客へつなげていくかが重要です。しかし、世界中の人々に対し、ひとつの都市に目を向けてもらうことは容易ではありません。インターネットを使ったプロモーションの秘訣をこう語ります。
林さん:「小布施に来て欲しい」というメッセージではなく、「先ずは日本に来て欲しい。そのなかでスラックラインのW杯は小布施で開催します。」と発信していくことを心掛けました。
世界に対して日本の魅力とエクストリームスポーツの掛け合わせをどう伝えていくか。──その時、スラックラインの背景を、日本の情緒あふれる風景で彩るというアイディアが浮かびました。古都京都の文化財『世界遺産 仁和寺』の境内を舞台に、和太鼓のリズムに合わせてアクロバティックな技を繰り出す動画をつくろうと。
こうして、W杯のプロモーション動画をYoutubeやSNSで世界へ発信していくという方法をとりました。動画の舞台は京都なので、もはや「小布施町」というアピールではないんですね。日本というカルチャーを伝えていきながら、結果として「小布施町」へ引き込んでいく。
ニュースポーツを取り巻く環境が、小さな町を世界の「OBUSE」に押し上げていく瞬間でした。
2019年に開催したW杯では来場者の数は2日間で2万人(2017年は3日間で3万人)を動員。6大陸から3名ずつ代表者が集まり、大盛況のうちに幕を閉じました。開催のノウハウやマニュアルがないなかで、どのように運営をしていったのでしょうか。林さんは以下のように話します。
林さん:W杯の運営は、広告代理店などに依頼することなく、全て自分たちでオーガナイズしました。大会当日の運営スタッフは、スラックライン推進機構の執行メンバー10名を中心に、各地から集まったボランティアスタッフ70名で実施しました。また、これまでの大会運営で培ってきた関係値で、スポンサー企業も150社ほどにご協力頂きました。
年齢・体力・性別一切関係なし、世界で熱量を増すスラックラインの魅力
年々と熱量を増し、大会の規模を大きくしていくスラックライン。熱狂を寄せる人々は、このスポーツのどんな魅力に惹かれているのだろうか。
林さん:基本的にスポーツは、前提条件が同じ人たち同士で競うものです。大人と子供、男子と女子が試合をしても力の差があるけれど、スラックラインは性別年齢を一切問わずに誰でも「楽しむ」事ができる珍しいスポーツです。
初心者は地上30cmくらいの低いところから飛ぶんですが、要はどんな人でも始めることができるんです。近年は体幹トレーニングを目的としたオフトレーニングのひとつとしても注目されていて、競技人口が増えています。
スキージャンプをはじめ、フィギュアスケート、水泳、様々な選手のオフトレーニング・として活用されています。どんな競技のために使っても汎用的なトレーニングとなるところが、競技人口を増やしている要因のひとつでしょう。
メジャースポーツへの兆し──オリンピックの競技に採択される日を目指して
日本での全国大会からW杯の複数回開催へと成長したその軌跡を振り返ってきましたが、林さんは視線を未来へ向けています。次なる眺望を以下のように話してくれました。
林さん:W杯の会場となった小布施町は2019年10月の台風で被害を受け、今なお復興活動を続けています。2020年9月の大会は、復興を兼ねて「スポーツで地域に笑顔を届けよう」ということコンセプトとして、今年の大会を企画しています。
今は2028年のロサンゼルス五輪の正式競技として採択されることを目標としています。大変なことも多いですが、地道にスポーツを盛り上げていきたいと考えていますね。
例えば、競技やルールは初めて見る人たちはわからない。技の難易度や、ジャンプの連続回数などを可視化して、楽しく観戦できるスポーツを目指しています。AIを使った採点技術も視野に入れて、システムの開発を行なっています。
最後にインタビューの締めくくりとして「大事にしていること」をこう話してくれました
林さん:選手育成も大会運営でも、やはり「楽しむ」ことが一番大事ですよ。楽しいからこそ試練にも苦労にも立ち向かえる。関係する人に対しても、楽しんでもらうことを意識しています。
結果、ひとつの町のお寺の一角で行っていた『寺子屋活動』が、スポーツでの地域振興の未来を占う一連のムーブメントにまで発展していったのです。「楽しむ」からこそ、夢中になり、自発的になり、周りを巻き込んでいく。人が生み出すエネルギーの根幹に触れることができました。
小布施発のニュースポーツは、地域の未来を考えるすべての人にたくさんのヒントを与えてくれるはずです。
一般社団法人スラックライン推進機構は、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「東京2020参画プログラム」主体登録申請を行い2019年1月29日正式認証されました。スラックラインの普及活動と共に、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会の盛り上げに向けた機運醸成と大会後のレガシー創出などを目的に活動を進めてまいります。
- Writerfull-sato.com編集部
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