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ヒト

和歌山・かつらぎ町の“アグリシンデレラ”が創る、親子専用の農園(2)

ヒト:三児の母である新規就農者
トコ:フルーツ王国和歌山県かつらぎ町
コト:子供がいきいき育つ農園づくり

和歌山のかつらぎ町にオープンする、親も子どもも笑顔になれる工夫がいっぱいの観光農園「くつろぎたいのも山々。」。前編では親子連れ限定・大暴れ大騒ぎ大歓迎の観光農園を発案するきっかけと、運営のコンセプトについて、運営者の猪原有紀子さんに話をお聞きしました。

キャリアを築いてきた大阪の広告業界での仕事も大好きだった、と語る猪原さん。しかし、かつらぎ町で自然に触れ、のびのびと遊び育つ我が子を目の当たりにして、ここに親も子も笑顔になれる観光農園を作りたい、という大きな夢を抱くに至ります。

移住者かつ3児のママは、“アグリシンデレラ”(農家のシンデレラ)として観光農園設立に至るまでのハードな道のりを、どのように乗り越えていったのでしょうか?

SNS発信で集まったのはボランティアの仲間たち

「農業をすることでも、地域活性化でもなく、子どもと親御さんのために最高の農園を作ること」を最終目的に掲げた猪原さん。新規就農者であることからも、土を使わないスマート農業に振り切り、ブルーベリーの養液栽培としいたけの栽培でスタートする予定だったと語ります。猪原さんははじめに、自分の計画を町中で説明することからスタートしました。

猪原さん「移住して半年後の2019年、会社を退社したタイミングで『子供にとって最高の環境をかつらぎに作ります!』と、手作りのプレゼンブック(段ボールに写真を貼り付けたもの)を作りました。言葉で伝えると個人によって映像化するものが変わってしまうので、とにかく写真でイメージを伝えて回りましたね。

プレゼンブックに共感したママ友が拡散してくれ、協力者がドンドン集まってきました。実は現在の土地も、所有者を紹介してくれたのはママ友。町の為になることであれば是非、と土地の賃貸を快諾してくれたんです。最初に決めて動くと、周りが付いてきてくれることを実感しました。」

また、SNSでの発信活動も“仲間あつめ”のきっかけとなりました。

猪原さん「SNSなどを通し、インターネットで私の活動が拡散されたこともあって、全国の若者たちがボランティアとして集まってくるようになったんです。また、クラウドファンディングも情報発信のきっかけとなり、最終的には1,000万円の資金調達に成功しました。

実は資材の関係でオープンが延期となってしまう、というアクシデントもあったんです。オープンに向けブルーベリーの実が成熟してしまったので困っていたのですが、これもボランティアの皆さんの協力があって解決。ブルーベリーの実を収穫する体験会への参加を皆さんがアナウンスしてくださったおかげで、何とか乗り切りました!

おそらく農業未経験者が借金までして起業したことに対し、危なっかしく思われたのかもしれません。心配になり『助けてあげなきゃ!』と思って手を差し伸べてくださった方が多かったんだと思います。(笑)」

3,700万円の借金と、徹底した無農薬栽培の壁

ピンチをチャンスに変え、周囲からの協力を得ながらも準備を進めた猪原さん。しかし農園を開拓して農作物を栽培するための準備金は、クラウドファンディングによる1,000万円だけでは足りませんでした。猪原さんはどのように資金を調達したのでしょうか。

猪原さん「実は『認定新規就農者』に選定されれば、政策金融公庫から無利子で3,700万円まで借りられるんです。でも、私この選考に一度落ちてしまったんですよね。

農業大学校を卒業しているわけではないのに、新規就農でスマート農業に挑もうとしていることに加え、一般企業では当たり前のインターネットでの集客も農業界では珍しいようで……選考委員の皆さんからの第一印象は“型破り”だったようです。でも、最後には成功するという自信がありました。論拠を揃えて再審査を要求し、委員の前で粘り強くプレゼン。最終的に認定新規就農者の選考を通過しました。」

また、乗り越えるべき壁は資金面だけではありませんでした。周囲の経験者やアドバイザーからは「収穫量が落ちるので農薬を使ったほうがいい」と何度もアドバイスを受けてきた猪原さん。しかし、彼女の目的は「親子が喜ぶ農園を作ること」。ブルーベリーの養液栽培では完全無農薬を貫くことに決めます。

猪原さん「無農薬だから、木からとって洗わずに食べられる。親御さんに少しでも『食べて大丈夫かな』って心配してほしくないから、無農薬を貫きました。木に付いた毛虫を1つずつ手作業で取るなどの手間はかかるものの、無農薬ブルーベリーは思った以上の豊作となり成功しました。」

「いつか山々。に住もうね」の声が励みに

人生の目的を「子どものためによりよい社会を作る」ことに据え、あらゆるハードルを乗り越えてきた猪原さん。2021年8月には、クラウドファンディングでブルーベリーの木のオーナーになった人々を呼んで工事途中の「くつろぎたいのも山々。」のお披露目会も開催されました。猪原さんは「参加した子どもたちからは『ママ!ここに住みたい!』という言葉も多く聞かれたんですよ」と嬉しそうな笑顔。

会社員から農家へ……という大胆なキャリアステップを踏み出す勇気は計り知れません。しかし彼女の原動力はいたってシンプル。「親子にとっていい環境を作りたい」という願いなのです。

子どもを連れてこられる、日本一の観光農園に――想いを胸に、農園は2022年1月にオープンする予定です。猪原さんはパパ・ママに「この場所があって本当に良かった」と言ってもらえることをゴールに掲げます。

猪原さん「過去の私のように、育児に奮闘し、子どもの寝顔に『叱りすぎてごめんね』と孤独に涙をこぼすママは日本中にたくさんいる。だから、『無添加こどもグミぃ~。』のお客さんから『猪原さんとは一緒に子育てをしている気がします』と言ってもらえたとき、涙が出るくらい嬉しかったんです。『そのために私はやってきたの!』と思いました。『くつろぎたいのも山々。』でも、そういった瞬間が訪れることを願っています。」

彼女が課題と一つ一つ向き合った結果、農業廃棄物のアップサイクルや耕作放棄地の活用、関係人口の創出や地域の活性化……といった数多くの副産物がもたらされました。

猪原さん「親御さんがご機嫌でいられて子どもと思う存分遊べる場所が、日本全国にたくさんできてほしい」と猪原さん。特定の“誰か”の悩みを解決することが、地域の抱える悩みを解決することにつながる――こういった施策が全国的に広がることに期待したいですね。

二階堂ねこ
Writer二階堂ねこ
https://twitter.com/nikaidoneko

奈良育ち、大阪の出版社勤務を経て、結婚を機に和歌山に移住。海のある街に猫と住む夢が叶ってごきげんな日々。猫記事から地域創生、医療記事まで、取材やインタビュー執筆をメインに活動しつつ、地域の魅力を発信したいフリーライター。