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DENIM HOSTEL float

「エブリデニム」が児島にもたらす新しい人の流れ(後編)

47都道府県を旅してたどり着いた、新たな活動拠点 デニムブランド「エブリデニム」が産地・児島にもたらす新しい人の流れ(後編)

店舗や在庫を持たない、受注生産性で必要以上の在庫や店舗を持たず、販売会を各地で開催するなど独自のスタイルを築いてきた「EVERY DENIM(エブリデニム)」。ブランド初の拠点「DENIM HOSTEL float(デニムホステル フロート)」が、2019年9月、岡山県倉敷市児島に誕生しました。短期滞在の受け入れやワークショップもしているという彼らの拠点。なぜ宿泊施設にしたのか、そこにはどのような人の流れが生まれているのか、今後のブランドの展望は。前編に引き続き、共同代表の山脇さんにお話をうかがいました。

前半の内容

週末に移動販売会を各地で開催していたエブリデニム。より深く地域を知る機会を求め、キャラバン「えぶり号」で全国を巡ります。その旅での出会いから、彼らはブランドの拠点作りを決意し、旅の途中から拠点設立の準備を始めます。

▲左が兄、山脇 耀平さん。右が弟、島田 舜介さん

10年間空家だった元保養施設との出会い

計画当初はショップ設立を考えていたという山脇さん。一体なぜ宿泊施設になったのか。それは、かつて企業の保養施設だった空家との出会いがきっかけでした。

山脇「ショップではなく宿泊施設になったのは、この建物との出会いからです。客室からはとても綺麗な瀬戸内海が見える。こんな素晴らしい景色が見られる建物が残っているのはなかなか貴重です。宿泊施設にすることで、自分たちもお客様とより濃いコミュニケーションが取れると思い、建物を活かして宿もやろうと決めました。」

10年以上空家だったという元保養施設は、地元の空き物件を保有し、勢いのある移住者や事業者に貸し出す取り組みをする、地元団体の所有物件でした。市役所や商工会議所へ物件の相談を重ねる中でこの物件に出会い、エブリデニムの活動に理解を得られたため、借りることができたのだそう。

山脇「旅と並行して準備を進め、2019年7月に15ヶ月間の旅が終了。そこから一気に改装などを行いました。僕らの夢に共感してくれる人たちと一緒に夢を実現させたいという思いから、ブランドの大きな節目ごとにクラウドファンディングをしてきました。この場所を多くの人たちに楽しんでほしい、一緒により良い空間を作って行きたいと思い、拠点づくりのためのクラウドファンディングを実施しました。」

拠点を構えるという新たなステージへの挑戦に、目標金額1000万円に対し1124万4千円の支援が集まります。こうして、たくさんの人たちの夢と共に、2019年9月21日、デニムホステルフロートをスタートさせます。

▲壁紙・畳縁・ソファ・座椅子・襖など、客室の至るところにデニムがあしらわれている。

店舗から宿泊施設の運営へと思いがけない転換となったわけですが、旅で出会ったものづくりの仲間やファンが全国からやってくるようになります。

全国を巡ってきた彼らだからこそ作れる新しい人の流れ

児島を含む瀬戸内エリアは、3年に1度開催される「瀬戸内国際芸術祭」など、デニムとは異なる切り口で注目を集めており、大阪や神戸など西日本側からの訪問が増えているのだそう。しかし、デニムホステルフロートに訪れるお客様にはある特徴が。

山脇「図らずも、僕らは先に全国を巡ってたくさんの繋がりを作っていたので、全国各地から僕らを尋ねてきてくれるのです。フロートを宿にしたことの効果は大きく、宿を旅の拠点にしてもらうことで、児島の様々な場所を紹介することもできます。訪れた人とデニム産地を結ぶ窓口になれたらと思っています。」

児島で働く人を増やしたいという思いから、児島にやってきた人々が安心してこの地に入り込んでいけるよう、窓口、心の拠り所としてフロートがあってほしいと山脇さんは話します。実際フロートでは、滞在中の体験プログラムの作成補助や工場の紹介、服飾学校の生徒を受け入れ、さらには工場見学からワークショップを包括した産地体験イベントの実施など、窓口の役割を積極的に果たしています。

山脇「就業体験も含め、フロートを短期滞在の拠点としても活用してもらいたいです。今は、大学生が1年ほど住み込みで働いてくれています。彼も以前は工場に働きに行っていましたし、フロートの初期スタッフは工場に転職しました。デニム産業と人との橋渡しとなる事例が少しずつ増えているので、これをもっと加速させたいです。」

かつての挫折経験

宿泊施設として産地に拠点を作り、産地と人の窓口をしている「デニムホステルフロート」。児島に訪れる人、働く人を増やし、デニム産業を持続可能な産業にしたいというブランド設立時からの思いは、かつてデニム産地をめぐるイベントを成し遂げられなかったという挫折経験が原動力になっているそうです。

山脇「まだ「エブリデニム」がメディアだった頃、「ビューティフルジャパンデニムエキシビジョン」というオープンファクトリーイベントに学生スタッフとして携わっていました。ビッグジョンの元デザイナーで、定年後に産地を盛り上げる活動をしていた吉村さんを主軸に動いていました。イベントは開催に向けて着々と準備を進めていましたが、出展企業の賛同をまとめきることができず、直前で企画倒れになってしまったんです。」

▲中止となってしまった「ビューティフルジャパンデニムエキシビジョン」。フライヤーなどの制作物もすでに完成していたそう。

出展企業の賛同が得られなかった理由は、「作り手に、自らのものづくりをオープンにするメリットを理解してもらうのが難しい」こと、「ライバル意識からくる、他社と足並みを揃えることへの抵抗感」だったのだそう。これは、日本中どの産地でも起こりうる課題のように感じます。

山脇「コロナの影響も大きく、産地は今、危機感を持ち互いに手を取り合うべき状況にあると思います。とはいえ、誰も見たことがない場所に向かう以上、地域での信頼やリーダーシップはとても重要です。地域で強い影響力を持つ吉村さんでも成し遂げられなかったということは当時とてもショックでした。この経験が、より産地に信頼される活動をしなければと、メディアからブランドへとシフトするきっかけになったのです。「ビューティフルジャパンデニムエキシビジョン」のような産地を未来に繋ぐ企画を「エブリデニム」の手で開催することが、吉村さんからバトンを受けた僕らの夢です。」

フロートを拠点に。エブリデニムがこれから成し遂げたいこと

全国各地を巡ったのち、宿泊施設という形で産地に拠点を構えた「エブリデニム」。かつての経験を原動力に着々と想いを成し遂げてきた山脇さんは次のステップについてこのように語ります。

山脇「まずは、地域に信頼されることが目標です。地元の人にも愛される場所にしたい。その思いから、地元の方にも日帰りで利用していただけるカフェも運営しています。その上で、フロートをたくさんの人が訪れる場所に成長させ、宿泊、デニムブランド、飲食と様々な切り口から、多くの人に僕らの想いを体験してもらいたいです。」

拠点を持ったことで、守り続けてきた販売スタイルにも変化が。

山脇「最終的に児島に来てもらうことが目的になったので、自分たちが移動しなくても、各地で見かけた商品が「エブリデニム」や児島のことを知るきっかけとなり、この地に来てもらうのも良いなと、フェーズが変わってきました。自分たちの想いを大切にしてくれる場所や企業と商品の取り扱いについて相談もしていきたいです。」

▲フロート内に併設された、ブランド初となる直営店。

全国で様々な人と出会い、一つの場所に腰を据え、産地に新たな人の流れを作るところまでやってきたエブリデニム。

インタビューの中、自分たちの活動はまるでRPGゲームのようだという山脇さんの言葉が印象的でした。まさにその通り、デニム産地を未来へ繋ぐという1つの目標に向かって、エブリデニムは着々とステージを進んでいるように感じました。

アバター
Writer西山 綾加

岐阜県出身。学生時代からイベント制作に携わり、制作会社勤務を経て、旅行会社に転職。社会人2年目、巡り合わせでライター業を始める。音楽コミュニティー「SHAKE HANDS」所属。座右の銘は「袖振り合うも他生の縁」。新たなご縁を求めてひとり旅に出ることが趣味。