収穫体験の新形態。みかん畑で行うグランピング「みかんピング」とは?
国内有数の「みかんの名産地」として、400年以上の歴史をもつ和歌山県有田市。この地域では、昨年2019年から「みかんピング」という収穫体験イベントが開催されています。
「みかんピング」とは、文字通り「グランピング」と「みかん狩り」を掛け合わせたイベント。来場者はみかんの収穫を楽しんでもらった後、みかん畑の景色を眺めながら、テントやタープでくつろぐことができます。初回は10月中旬から下旬にかけ、1日2部構成、7日間にわたり開催されました。
キャンプブームの到来により、県外からも注目されつつある「みかんピング」が誕生した経緯について、株式会社伊藤農園の専務・伊藤彰浩さんにお話をうかがいました。
▲株式会社伊藤農園の専務・伊藤彰浩さん
伊藤農園の歴史と六次産業化
2019年から「みかんピング」を運営しているのは、有田市で100年以上もみかん栽培を行う家・株式会社伊藤農園です。実はこの伊藤農園、「みかんピング」を企画する以前にも新しい取り組みを生み出していました。それは、約30年前からと全国的にも早い時期から、農家を営みながら農産物の加工・製造・販売までを手がける、いわゆる「六次産業化」を実践したことです。
伊藤さん「伊藤農園は、1897年に青果物卸問屋“船林(ふなりん)”として開業し、併せて2ヘクタール(2万平方メートル)もの園地でみかんの栽培も始めました。日本橋と和歌山をつなぎ、多くのみかんを都市に卸していたのですが、1972年(昭和47年)に全国的なみかんの生産過剰により、価格の大暴落が起きたのです。
青果物をただ生産するだけでは、気候や価格の変動に左右され、企業としてリスクがあります。そこで、今の社長である伊藤修がみかんジュースの開発に踏み切りました。」
現在は、農園も14ヘクタール(14万平方メートル)まで拡大し、みかんを含め全20種の柑橘類を栽培。加工品もジュースのみならず、ドライフルーツやお酢など、多岐にわたって手掛けているそうです。
伊藤さん「当社のみかんジュースはみかんの皮を入れない製法にこだわっています。100%ピュアなみかん果汁を楽しめることが特徴なんですよ。使用しているのは和歌山県産のみかんのみ。自社で栽培しているもの以外にも、味や品質には問題ないのに規格外となってしまったみかんを農家さんから買い取って加工しています。」
みかん×グランピング=「みかんピング」
第6次産業の開拓も然り、時代の流れに合わせてビジネスのあり方を変えていった伊藤農園。では、みかん狩りイベント「みかんピング」はどのようにして生まれたのでしょうか?
伊藤さん「もともとは、当社ならではのみかん狩り体験ができる方法を考え始めたことがきっかけです。一般的には、麓の比較的アクセスの良い場所にある体験農園でみかん狩りが行われていますが、よりリアルな生産現場で体験してもらいたいと考えていたんです。
有田のみかんは、有田川を挟んで南北に広がる山々に、海からやってくるミネラルを含んだ偏西風があたることで美味しくなると言われています。この地形があるからこその有田みかんの歴史を、この眺めとともに体験してもらう方法を考えました。」
▲傾斜が急な畑でみかんの収穫を行うスタッフさん。
有田の山一面には、石垣が組まれた段々畑が広がります。その中、伊藤農園所有農地の一部に、見晴らしの良い少し開けた場所が。ここが「みかんピング」の会場となった場所のようですが、ここはイベントのために整備された土地なのでしょうか?
伊藤さん「いえ、この土地はもともと、みかんの木が植っていた場所です。25年〜30年かけて収穫をしたみかんの木は、枯れた後に掘り起こしてまた新たな木を植えます。次の木を植えるか否かを検討していたときに、ちょうどみかん狩りの計画を立て始めていたんです。タイミングが重なり、この場所にテントやタープ、ハンモックなどを立てて、ちょっと優雅な収穫体験をしてもらうことになりました。」
みかんピングを実施してみて
初年度は7日間合計の参加人数が16名。しかし2回目となる今年はなんと初年度の5倍以上、計85名も参加者が集まったといいます。
伊藤さん「今年は昨年度の経験を経て、当初は2日間4部構成で2ヶ月前から募集を開始しました。しかし予想を超える希望の多さに、残り1ヶ月のところで2部追加して、1日3部構成にしました。今年はPRを強化したからでしょうか。あまりの反響の大きさに驚きました。大阪や京都など、県外からも家族連れでお越しいただくお客様が多かったです。」
商品のEC販売なども手がける伊藤農園は、自社のフェイスブックやインスタグラムの他、既存顧客へのダイレクトメッセージでイベントの告知を実施。参加者アンケートによると、企画を知った経緯としてはダイレクトメッセージが全体の50%と圧倒的な効果だったようです。大盛況の一方で、開催にあたって大変だったことも教えていただきました。
伊藤さん「スタッフの手配が大変だったんです。受付から会場まで離れているので、各所に人を配置しなければなりませんし、送迎も必要でした。各部署から代表者を集めたり、パートの方にも手伝っていただきまして……。1部あたりのお客様は最大16名なのに対し、スタッフは総勢20人体制でのぞみました。しかし、みかんピングの参加費は、一般的なみかん狩りの価格相場と同じくらいに設定しているので結構厳しい部分もあって。来年はもっとスタッフ人員を考えながら、予算を検討していかないとな、と思っています。」
▲麓のショップで受付をし、両側に広がるみかん畑を見ながら会場まで車で送迎してもらいます。
複合農業体験施設を作りたい
大盛況で幕を閉じた今年の「みかんピング」。今後の展開はどのように考えているのでしょうか。
伊藤さん「みかんピングは今後も毎年開催していきたいと考えています。今年度の反省点やお客様の声も反映して、もっと多くのお客様に楽しんでいただけるようなイベントにしていきたいです。」
みかんピングの展開はもちろん、伊藤さんは将来的にはもっと大きな規模で取り組みたい事業があるそうです。
伊藤さん「みかん狩りも含め、農業体験では収穫の工程が取り上げられがちですが、みかん作りにも実際にはもっと多くの工程があります。例えば、当社ではみかん農家では珍しいドローンを使用した農薬散布を行っていますし、選果作業や整枝などの作業も知ってもらいたい。さらには、収穫したみかんを加工場で実際に加工してもらうところまで体験していただけるような、複合農業体験施設を将来的には作っていきたいと考えています。
2016年にオープンしたショップはその先駆けでした。今後は、レストランや宿泊施設などを作って、長い期間有田でみかんに関わりながら過ごしていただけるような施設ができたらと思います。こればかりは物件や土地との出会いがあって初めて動けるものなので、何年かかるか分かりませんが、自分のライフワークになったとしても実現させたいと思います。」
2016年にオープンしたショップ「みかんの木」はみかん蔵をリノベーション。2018年冬に完成した伊藤農園のオフィスも古民家を改修して作られた建物なのだそう。みかんピングの開催期間中には、期間限定でカフェをオープンさせたりと、複合農業体験施設の実現に向け、着々と準備を進めているようです。
▲伊藤農園の直営ショップ「みかんの木」。
▲みかんピング開催期間中には、期間限定でカフェもオープンしました。
みかん狩りと、グランピングという人気のアクティビティを掛け合わせた体験イベント「みかんピング」。その背景には、みかん作りの歴史とリアルを伝えたいという思いと、そこでしか味わえない絶景がありました。みかんのみならず、様々なモノの生産現場では、このような“そこでしかできない体験”がまだまだ眠っているのではないでしょうか。
いち早く六次産業化するなど、時代の流れに合わせた取り組みを行ってきた伊藤農園は、常に新しいことに挑戦し続ける柔軟性と力強さを感じます。みかん農家の資源を生かしながら新しいことに挑み続ける伊藤農園の取り組みに期待が高まります。
紀州の温暖な気候と黒潮から吹く潮風に恵まれた和歌山県有田市で、柑橘類の生産、搾汁、加工、販売までを手掛けています。