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ヒト

和歌山・かつらぎ町の“アグリシンデレラ”が創る、親子専用の農園(1)

ヒト:三児の母である新規就農者
トコ:フルーツ王国和歌山県かつらぎ町
コト:子供がいきいき育つ農園づくり

7年6カ月――それは「母親が子どもと実質的に一緒にいられる時間」。2018年にNHKのあるテレビ番組で報じられたデータです。これを長いと思うか短いと思うかは個人によるでしょう。しかし、この7年6カ月を、子どもたちの笑顔で彩りたいと思う親は多いのではないでしょうか。

思い出の1ページを飾る観光農園「くつろぎたいのも山々。」が、和歌山・かつらぎ町に2022年1月にオープンしようとしています。ここは「日本一お子様連れを歓迎する」と銘打った”親子連れ限定”の農園なのです。

「くつろぎたいのも山々。」を運営するのは大阪からの移住者であり、新規就農者であり、3人の男の子の母である猪原有紀子さん。彼女はなぜ移住先で、「お子様連れ歓迎」に特化した観光農園づくりにチャレンジしているのでしょうか。お話を伺いました。

フルーツ王国かつらぎに親子連れ専用の農園を

大阪から車で約1時間、美しい山並みの紀伊山地と悠々と流れる紀ノ川の清流に抱かれた街、和歌山県かつらぎ町。柿や桃、ぶどう、梨、りんごなど様々なフルーツが1年中栽培されているフルーツ王国です。「くつろぎたいのも山々。」は、このかつらぎ町の山並みを望む丘の上にあります。

ここの農園の特徴は“パパ・ママがくつろげる場所”が整っていることです。スタッフが見守るなか、子どもたちは鶏のヒナを追いかけたり、無農薬のブルーベリーを木から摘んで食べたり。その間、パパ・ママはゆっくりコーヒーを飲み、バーベキューを楽しむことができます。清潔なおむつ替え・授乳スペースをはじめ、子ども向けの本なども備えているため、乳幼児がいる家庭にも安心です。

一般的な商業施設や観光地では大きな声を出して走り回る子どもが注意されがち。ですが、「くつろぎたいのも山々。」は、1日5組限定のクローズドな場所。むしろ元気な子どもは大歓迎なのです。大声で遊ぶ子には「元気だねシール」を貼って褒めてあげるのだそう。

猪原さんの理想は「大はしゃぎする子どもを見て、人の目を気にして萎縮するのではなく『生まれてきてくれてありがとう』と親が心から思えるような環境」なのです。

ある“事件”をきっかけに、“移住”の道が拓けた

では、なぜ猪原さんはこういった農園を作ろうと思いたったのでしょうか。今から8年前の2013年に遡ります。

彼女はもともと、大阪の広告業界で仕事に邁進していたキャリアパーソン。初めてかつらぎ町を訪れたのが2013年。ご主人の祥博(よしひろ)さんが稜線の美しい山々に囲まれたこの土地をいたく気に入り、移住を検討しながら、何度もかつらぎ町に足を運んでいました。

実際に移住したのは2018年。その5年間で猪原さんは3人の子どもに恵まれ、大都会・大阪で育児に追われる生活を送っていました。あることをきっかけに「かつらぎ町と関わりながら新たな活動ができないか?」と考え始めます。

猪原さん「育児ストレスを抱える生活のなか、子どもがカラフルなグミにハマったんです。グミちょうだいのおねだりをきつく叱ってしまい、自己嫌悪になることも。一方、言うことを聞かない際につい与えてしまった時は、添加物の多いお菓子を与えてしまったことへの罪悪感もありました。

移住を考えて何度も訪れていたかつらぎ町には、畑に捨てられている廃棄フルーツが多かったんです。この廃棄フルーツを使って親が気遣いなく与えられるお菓子を作れないか――と考えるようになりました。」

そして砂糖もゼラチンも着色料も不使用、フルーツだけを使っているのに甘くてカラフルな「無添加こどもグミぃ~。」を4年かけて開発。

当初はグミ作りを進めながらも「移住するイメージが湧かなかった」猪原さんですが、かつらぎ町の人びととコミュニケーションをとるうちに、徐々に “新規就農”という新たな道に光をあてるようになりました。


猪原さん「かつらぎに移住するまでの2年間、グミづくりのノウハウもない中でいろんな人にプレゼンをし、かつらぎ町の起業補助金制度にも何度も挑戦したんです。移住のタイミングと共に開発が始まり、ちょうど移住から2年後の2020年にグミが発売されました。

子育てに対する問題解決(グミの開発)に取り組んでいたら、気がつけばかつらぎ町の農家さんが喜んでいたり、地元に障がい者福祉施設での雇用が生まれたり……と副産物ができていったんです。“お母さんと子ども”という切り口が、気がつけば農家の抱えるフードロスの課題や障がい者雇用の問題にも繋がっていたことに気がつきました。」

ママと子どものきもちが分かるうちにカタチにしたい 

グミ開発を機に、猪原さんは「子育て中の今だからこそ気づき、解決できることがある」と考えます。そして、“今だからこそ気づけること”をカタチにすべく、「くつろぎたいのも山々。」を作ることを決意しました。

猪原さん「ママや子供がどのような事で喜ぶのかがわかるうちに動こうと思いました。まず今の日本には、自然体で子育てできる場所が少ないと感じたんです。親は、子どもに自然体験をさせたほうがいいと聞けば、頑張って観光農園などへ子どもを連れ出しますよね。でも、それって親はすごく体力がいるだけでなく、疲弊するイベントなんです。

おむつ替えや授乳のスペースがない、トイレが清潔でないなどは、よくあること。周囲のお客さんや店員さんにも気を遣いますよね。挙句の果てには、楽しくて大声をあげて走り回る子どもに『静かにしなさい!』なんて怒鳴ってしまうことも。

それでも、親御さんは子どものためになるなら、と連れて行く。私自身もそうでした。だから、親も子どもも笑顔になれるような自然体験の場所を私なりに作ろうと思いました。そしてこの苦労を知っている私がやるからには、世の中の親子が思いきり楽しめるような、日本一の観光農園を作ると決めました。」

そして2019年、猪原さんはグミ開発と並行しながら、移住先・かつらぎ町を舞台に“アグリシンデレラ”(農家のシンデレラ)として奔走を始めます。右も左も分からない「はじめての山」は、決して穏やかなものではなかった、と猪原さん。どのように山を乗り越えていったのでしょうか?後編では、移住と新規就農に取り組む中で感じ乗り越えた壁について伺います。

二階堂ねこ
Writer二階堂ねこ
https://twitter.com/nikaidoneko

奈良育ち、大阪の出版社勤務を経て、結婚を機に和歌山に移住。海のある街に猫と住む夢が叶ってごきげんな日々。猫記事から地域創生、医療記事まで、取材やインタビュー執筆をメインに活動しつつ、地域の魅力を発信したいフリーライター。